考えることが好き、というと、どこか内省的で、内向的で、もっと外にエネルギーを発露させないと人生損だぜ、みたいな物言いをされる。
考えることというのは、みんなと遊ぶことに比べれば、どこか劣ったような見方がされることがある。そんな風に僕は感じてきた。
jukukoshinohibi.hatenadiary.com
それ自体がどこか負い目でもあったのだが、だからこそ、この著者がやっている「どうでもいいことを超真面目に考え抜く」ことの素晴らしさが身に沁みるのだ。
僕はもっと己の稚気を誇りに思いたい。そのヒントをまだまだ探すため、今週もしっかりと読んでいこうと思う。
- 9月8日(月) なぜデータは集まらないのか?
- 9月9日(火) 夢中・没頭・真剣。
- 9月10日(水) 建前だけの「アイデアちょうだい」は時間の無駄。
- 9月11日(木) 快楽は代替可能なのか?
- 9月12日(金) 他人の大事の9割以上、自分には全然関係ない説。
- 9月13日(土) 材料はタダ。でもね…。
- 9月14日(日) プロ意識を貫けば精髄に至る。
9月8日(月) なぜデータは集まらないのか?
感情的になりやすい議論に足りないのは、大体の場合はデータだ。事実を基にして、話ができないと、感情のぶつけ合いになる。
ではなぜデータが足りないかというと、それは調べる人が足りないからであるが、ではなぜそれをする人がいないのか?
それは予算がないからだ。身銭を切ってまで、そんなのを調べる人はまずいない。夢と金。このテーマにも、どこから切り込んでもたどり着く気がすると、そう思った。
9月9日(火) 夢中・没頭・真剣。
筆者はテロリズムについて研究した大量のレポートを機内に持ち込もうとして、あわや別室連行の憂き目にあったそうだ。
それくらい仕事を常に携帯し、考え事に浸っていたいという証左なのかもしれない。
遊びが仕事で、仕事が遊び。それを座右の銘にしている人もいる。僕もこの言葉が好きだ。
だがどうにも最近は、肩の力が入りすぎていやしないか?そう自問したくなることもしばしばだ。どちらが正しいのか。答えなんてあるのだろうか?
9月10日(水) 建前だけの「アイデアちょうだい」は時間の無駄。

僕は昔から、知恵を尋ねながらそれを活かさないタイプの人を見ると、その神経を疑ってきた。聞かれてもないのに言ってくる人はさておき、自分から求めて無視するとは。
ただ最近、生徒にもそのタイプが多いことがわかり、そもそも一般論がそうなのだと皮膚感覚で理解できてからは、むやみやたらに消耗することはなくなった。
彼らが欲しいのは知恵ではなく安心だ。いわばトリビアが一つ頭の中に増えたときに抱く満足感に近いものが欲しい。その程度でしかないのだろう、と。
だからこそ、僕が言ったことを「試して、感想をくれる存在」が、ひときわ輝いて、そしてあり難く映っている。感動の閾値がいい意味で下がったのだ。
これを知ってからというもの、言われたことを素直に実行する時点で頭一つ抜けられるということに気づき、以後この世の処し方のコツが掴めたような気がしている。
我を排する方が、結局楽だし、得られるものも多いのだ。
9月11日(木) 快楽は代替可能なのか?

僕はよくわからないのだが、極論女と男は凹凸の関係と言い切る人もいる。それゆえに世の中の男子の草食化は嘆かわしい、と。
聞くところによると、それによって得られる快楽たるや、生物としての欲求であり代替不可能ということらしいが、ある面白い実例がドイツにある。
ワールドカップに先んじて売春(他に言葉がない)を合法にして、国のホスピタリティを高めたそうなのだ。
しかし、利用者はさして増えず、ある意味平和な町が続いたそうだ。すなわち、ワールドカップの興奮で充分なのだと。
世の男子が草食になったというより、代替の手段が現代社会に溢れているだけだと、どうしても僕は思う。
9月12日(金) 他人の大事の9割以上、自分には全然関係ない説。

たまに出てくるトンデモ理論の一つに、性行為に税を課すかどうかというのがある。僕としては、自分には関係ないので好きにしてほしいと思う。
それはたばこ税も同様で、僕はもう喫煙者じゃないので、それがどう扱われようがどうでもいい。
ここでふと思うのだが、やはり何事も、当事者以外から見ればどうでもよくて、影響もないのだろうな、と。
物事を全て他人事として観察するのが、心を軽くするコツ。穿った見方だが、仏教哲学も似たような話を説いていた気がする。
9月13日(土) 材料はタダ。でもね…。
熟達者が、失敗を含めた経験則を開示してシェアすると、社会全体の水準が上がる。なんと尊い話だろう。
実際にそれをボランティアでやってのけたのが桜井政博氏なのなだが、やはり莫大な金は掛かったようだ。
しかし、それを観るだけでなく、それをヒントに付加価値を生み出して初めて財となる。フリーライドばかりする人のお先は暗い。僕も留意せねばと思う。
9月14日(日) プロ意識を貫けば精髄に至る。

プロ意識は職業を超越すると僕は思う。根底としては、それこそプロ野球選手も売春婦も、プロであるなら違いはないのだ。
顧客の利益最大化、自分の提供できる価値の分析、リスクヘッジ……プロのインタビューを聞くと、この辺は共通項としてよく目にする。
逆にいえば、どの入り口からでも、至れる精髄とは同じところなのかもしれない。それはどんなに深くて、静かなところなのだろう。想像するだけで楽しくなってくる。
では今日はこの辺で。