精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

身体が発する”あるシグナル”に関しての怖い仮説。

僕は酒が好きだ。正確に言えば、酒を飲んだときのふわっとした浮遊感が好きで、その感覚を得るために、命を削るように飲んでいる部分がある。

 

だがここ1週間ほど、その感覚がまるで得られなくなってきている。飲んでもほんの少し高揚感が得られる程度で、しかもそれは徹夜明けのようなぼんやり感程度に淡い。

 

ウイスキー、ジン、白ワインなどを試してみても、全く酔えなくなっている。自然と、飲酒量自体もどうしても増えている。玄関は酒に関する空容器でいっぱいだ。

 

かつて求めていた刺激が得られないのなら、飲む意味があるのかという疑念さえ出てきている。-というところまで考えたとき、ふとある可能性を思いついた。

 

それはこれ自体が、健康を害しつつあるという、身体からのシグナルなのでは、というものだ。今日はそれをなるべく怖い方に解釈しながら、以下記事を書いていく。

 

 

肝臓「もう、めんどくさい・・」

 

筋トレ系YouTuberのコアラ小嵐氏の動画に、「同じ酒量でなぜか酔えなくなったときに健康診断を受けたら、肝臓の数値が悪化していた」と語る一幕がある。

 

僕の現状もそれと似ていることから、いよいよ肝臓に異常が起き始めている可能性があるのではと、すごく怖くなったのだ。それっぽい仮説は、いくらでも見つかる。

 

例えば、肝臓がアルコールを代謝する能力が段々と落ちてしまい、分解しきれてないことによる体調不良を、別の仕組みで誤魔化しているのではないか。

 

身体には、疲労等をホルモンなどで誤魔化す機能が備わっていると聞く。しかもそれは自動的に発動するとのことだ。あり難いのだが、故障に気づけないデメリットもある。

 

また、白状すれば僕の酒量は、人生RTAと評されてもおかしくないくらいのそれだ。具体的には、健康な成人男性が代謝に9〜10時間かかる量の酒を毎晩飲んでいる

 

もちろん、晩酌が終わってから出社、つまり車の運転までは10時間以上空いているので酒気帯びは無いが、就寝から起床までの間で代謝しきれるアルコール量ではない

 

それはつまり、起床時でアルコールが体内に濃く残っているということだ。これは言い換えれば、自覚のない二日酔いに日常的に陥っているのとイコールである。

 

僕はここ最近、朝起きてもだるさが抜けない。寝ても寝てもしんどい。その理由はとてつもなく簡単だった。アルコールが残っているからだ。

 

こんな風に、寝ている間の7〜8時間で代謝しきれない量を毎日摂取していれば、いくら頑丈な肝臓といえ、壊れないわけがない。

 

しかも症状が急激に現れるのではなく、真綿で首を締めるように、刺激に鈍くなる方向で進んでいるのだとしたら、非常に恐ろしい

 

これは静かに進む破壊であり、そのシグナルが「酒がつまらなくなった」という、ほとんどの場合はスルーされるそれであるというのは、徹底的に恐ろしい話である。

 

ただしちょうどいいことに、今仕事において、ある大きな目標達成が何とか目前に迫っている。だからこそ気が抜けないし、ここでもう1発のエネルギー投下が必要になる。

 

そんな大事な状況において、つまらなくなった晩酌に時間と体力を費やすわけにはいかない。肝臓のケアを第一に考え、ここで区切りをつけるべきだと感じている。

 

体からのシグナルは必ずしも劇的ではなく、静かに忍び寄る形で現れることもある。それを「興味深い発見」として片付けるのではなく、深刻に受け止めたい。

 

僕はこのタイミングで、これまでにない期間で、かつこれまでにないほど徹底的に肝臓を労う断酒期間を、本気で検討することにした。

 

また酒を”楽しく飲める”その日まで、一旦お別れだ。ぶっちゃけ死ぬよりマシである!!

 

ということで今日はこの辺で。

 

 

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