危惧していたことが、ここにきて急に現実味を帯びてきた。とある放送作家兼芸人の言い回しを借りれば、今の僕は「うつが爆発寸前」だ。
うつ病と診断されたことこそないが、適応障害で休職した経験はあり、今の体感はそのときに近い。全身に鎖が巻かれたような重だるさがあり、何を見ても感情が動かない。
・・・ちょうど今日、20年来好きなゲーム会社が、サプライズな内容を添えたうえで、新作を発表した。内容は期待以上で、本来なら飛び上がるほど嬉しいはずだった。
実際多少テンションは上がったが、舞い上がるほどの感じは湧かなかったし、さほど持続もしなかった。これを自覚したとき、僕はついに「ヤバさ」を覚えたのだ。
今日は以下、構成もくそもなく、ただ自分の身体に生じていることをそのまま言葉にする感じで、記事を書いてみようと思う。
いわば、”全てがめんどくさい”
今の状態を端的に言えば、全てがめんどくさい、という感じだ。感情を出すのも、飯を食うのも、身体を動かすのも、どれもこれもがめんどくさい。
「よし、やるぞ」とモチベーションを点火する気にもならない。可能なら食事すら取らず、1日中布団の上で微動だにせず過ごしたい。
これは、正確に言えば、強い意志による拒否によって自分自身にストライキを起こしているのではなく、何もできないという無力感に支配されているイメージだ。
セルフネグレクトと言えば大げさだが、自分自身の生命や衛生を維持するような活動でさえ、それに向けて身体を動かそうという気力が湧いてこないのだ。
たとえば「腹が減った→パンを手に取って開封する」という、ごく小さな連鎖でさえ面倒に感じる。まさにあらゆる行動や思考の源泉が枯渇している、という具合だ。
実際のところ、この感覚は昨日くらいから自覚がある。しかし、明確なトリガーになり得るイベントには、心当たりがない。いつの間にかグロッキーになっていたのだ。
たぶん、僕の中の体力/精神力ゲージが、偶然にも同時に尽きたということなのだろう、と思う。じわじわと蝕まれた結果、今日遂に「ゼロ」を叩いたのかもしれない。
朝のルーティン(起床→散歩など)も、今日は手を付けたくなかった。あれを始めると1日が動き出してしまう。そのこと自体が嫌だった。こういう感覚は久しぶりだ。
今もタスクリストを眺めてみたのだが、大量に並ぶそれを見ても、感情が全く動かない。面倒と思うことすら、面倒になっている。
とはいえ、衆人環視に身を置けば、たとえ気力・感情がゼロになろうと、ある種の自動操縦のようなモードで、処理自体はなんとかできるだろう。
ただ、そこに+αの気持ちを込められる気がしない。帰りたいという気力すらない。「動きたくない」「一度止まったらそのままでいたい」という惰性が全てだ。
楽しいことを思い浮かべて、気分転換を図るという行為すら、面倒で億劫だ。エネルギーがここまで尽きるとは。自分の身に何が起きているのか、論理的な説明はつかない。
少し困惑はしているが、こういう状態は「身体のシグナルに従って、何かしたくなるまで何もしないことでしか改善はされない」というのも、経験則で解っている。
だが、現実はそうもいかない。今日も仕事、明日も仕事で、繁忙期が続くために休日も無い。ワンチャン、このまま本当に「爆発」するかもしれない。
ただ、恐怖を自覚できるということは、感情が少し動き始めた兆しでもある。過度に心配しすぎるのも違うのかもしれない、とも思う。
いずれにせよ、今日のメンタルコンディションはかなり悪い。これは記録として残しておく。では、今日はこの辺で。