「今はかなり意識的に、自分の心身が休みたいと欲したらそれに従う」ということを書いたうえで恐縮だが、最近ちょっと自分が弛み過ぎなのを自覚している。
始業前の時間を使ってポスティングに行こう、そのために資材も発注した・・のに、「まだ寝たい」の声が上回り、起きられない。これは経営者失格ではないか?

と思うと同時に、そんな大事なことができないくらいに消耗しているということを自覚して、もっと丁寧に自分をケアしなさいよ、というメタも同時に囁いてくる。
どちらが正しいのかというと、多分どちらも正しい。どっちを優先したいのかと言われれば、優劣つけがたいというのが本心だ。
だが客観的に見て、何をすべきかと言われれば、寝てる暇なんてのがあったらポスティングに行け、という自明の答えが浮かんでくる。
そして行かないことによってジレンマや後ろめたさを覚えていることから、それ自体が回復・休養の妨げにもなっていることがわかる…。まぁ、つまり”行け”なのだ。
こういうときに必要なのは、自分のケツを叩く技術とでもいうべき考え方だと思っている。大人にドヤされて宿題を大慌てで始めるあの感覚。それを自分で起こすのだ。
今日はそのために僕が採用している方法を、参考がてら紹介してみる。これを活用し、明日から、今度こそ、広報活動に注力していこうっと。
「行かなかったら」シミュレート。

こういうときに強い武器となるのはやはり、【自問自答】もとい【シミュレート】だ。徹底的に、論理的に先を考えていき、その未来を引いたらどうなるかを考えるのだ。
今回ポスティングに行かず、広報活動を沈滞させると、何が起こるか。想像に難くないが、生徒が来る可能性が下がる。それはつまり、業績の悪化と同義である。
ところで、業績を悪化させたら待っているのは何か。平たく言えば降格か交代か解雇のどれかなのだが、敢えて”既に独立を果たしているとしたら”という設定で考えた。
すると、家賃を払い、人件費を払い、光熱費を払い、消費税や所得税を納めていくと、僕の給料は、月によっては”無い”可能性があることがわかった。(会社への貸付になる)
それを回避しつつ、かつ、せっかく潰れる潰れないというレベルの責任を負っているんだからもっと稼ぎたいと考えて、改めて電卓を叩き直してみる。
すると、単価にもよるが、生徒があと5~10人ほど増えてこないと、最後に手元に残る金を給与として受け取る”僕”は、ロクな暮らしができないことが容易に見えてきた。
僕は別に驕奢な暮らしがしたいなんて微塵も思わないのだが、かといって、34歳にもなって、学生と大差ないような水準で生きるのは流石にごめんこうむりたい。
ポスティングに行かないことで、そういう未来を引く可能性が上がっていってしまうと思うと、今すぐ着替えて出掛けたくなってきた。
こんな風に、”しかなったら待っているヤバイ未来”を具体的に描くことは、そこから逆算して今のケツを叩く、非常にいい材料となる。本当にそう思う。
「行ったらどうなるか」シミュレート。

もちろんそういうネガティブなシミュレートだけでも効果はあるのだが、流石に気が滅入るので、行ったらどうなるかというのも具体的に考えるようにしている。
ポスティングに出かけると、大体HIT率は300件に1つ、という感じだ。今回の発注部数は500部なので、1件または2件取れる可能性がある、ということになる。
これは同じ時間、何もせず校舎でボーっとしているよりも”格段に”可能性も効果も高いとみていいだろう。
それに今回は、一軒家ではなく家賃5~7万円くらいの賃貸をメインで狙うとどうなるか、確かめたいとも思っている。これは最近の問い合わせ傾向として思うことだ。
邪推かもしれないが、一軒家を構えるところは、「とりあえず大手」を選ぶ傾向が強いと思っている。月謝が10万になろうと払えるのなら、そうするよね、と。
だからこそ、今までは一軒家”を狙っていたから”効果がさほどでもなかったのかもしれない。そういえば今回のポスティングは、その対照実験の側面もある。
その仮説を実際に試して確認することで、その反応率に有意な差が出るかどうかの生のデータが取れる。これは一石二鳥と言えるだろう。
そう思うと、正と負、両方のサイドからケツを叩くことができたように思う。ここまでビシバシやると、流石の僕も動かざるを得ないだろう。
桜井政博氏の動画の受け売りだが、「とにかく、やれ!」というマインドに裏打ちがついた今、良くも悪くもやるしかないのだと心底納得できている。
では今日はこの辺で。