精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

なぜ「思い出」を体験すると、僕の胸は張り裂けそうになるのだろうか。-前編

ここ数年顕著なのだが、過去に属していたグループや、縁のある知人・友人と交流すると、その翌日に言葉にしがたい寂しさや切なさを覚えるようになった。

 

昨日のブログにも書いたが、そのとき感じた切なさは今もまだ残っている。ここまで過去が愛しくて仕方なくなるとは・・自分のことなのに、とても意外だった。

 

この感情を覚えている今、頭にパッと浮かんだのが『私とは何か』という本である。(↑の本がそれだ)

 

この内容のどこかに、この気持ちを紐解き、整理し、理解するヒントがあったはずだと思い、仕事の空き時間にぱらぱらとめくってみた。

 

すると、やはり思索の糸口になりそうな一節に出会うことができた。

 

今日は平野啓一郎氏の提唱する【分人主義】をもとに、僕の胸の奥に確かに“在る”この切なさを、丁寧に言語化してみたいと思う。

 

 

何に切なさを感じているか。

 

最初は、「もう戻れない楽しかったあの日」を思い出すからこそ、悲しみや切なさといった感情を抱くのだと思っていた。だが、実際はもっと込み入っている。

 

僕は、大学時代・高校時代すべてに切なさを抱いているわけではない。実際、嫌だった記憶や、戻りたくない日々もそれぞれの時代にきちんと刻まれている。

 

僕が愛しさと同時に切なさを覚えたのは、“かつて”のコミュニティの人たちや環境に触れたとき、明確に自覚していた“居心地のよさ”に対してだった。

 

「面白い話を聞けて楽しい」というレベルを超えた、「今この場に身を置いて、この人と話していること自体がすごく楽しい」という感覚。

 

安心、安堵、信頼を覚える時間。――“受け入れられている”“心の底から安心できる”“格好をつける必要がない”“ダサくても別にいい”。そのすべてを感じられる場所

 

そこにいることが、どれほど僕にとって優しく、満ち足りた時間だったか。長らく忘れていたその充実感を、僕は今、改めて思い出してしまったのだ。

 

僕は寂しさに慣れて、それを受け入れたというより、慣れたフリをして気持ちに蓋をしていただけだったようだ。今もまだ、その感覚を渇望している。そんな感覚に近い。

 

ここまで書いてふと、『ひぐらしのなく頃に』の挿入歌「you」の歌詞の一節を思い出した。今の僕の胸の内と、驚くほどリンクしている気がする。

 

今まで私の心を埋めていたモノ
失って初めて気付いた
こんなにも私を支えてくれていたこと
こんなにも笑顔をくれていたこと

 

あの日の、あの人たちと、あのコミュニティが、どれほど僕を支え、癒し、満たしてくれていたか。それを失い、かけがえのなさを理解したうえで、今改めて知った。

 

僕が感じている切なさは、“二度目に失った”あの時間に向けられているのかもしれない。

 

あの頃にあって、今無いもの。

 

ではなぜ、そこまであの日々が恋しいのか。僕は正直、あの頃と比較して現在が無味乾燥だとは全く思わない。むしろ、あの頃より自由で、充実もしていると思っていた。

 

使えるお金の総量は増え、行動の選択肢も広がり、青二才だった頃よりはるかに自己理解も進んだ。勉強も続けており、成長も我ながら著しいと感じている。

 

それなのに、なぜか。あの頃にあって、今にないものとは何なのか。この章では、それを丁寧に紐解いていきたい。

 

まず気づいたのは、大学や高校の頃、僕は「何者でもなかった」ということだ。そして同時に、「何者かである必要もなかった」ということでもある。


学生という身分では、社会人のような振る舞いは求められなかったのだ。だが今はどうか。


冷静に振り返ってみて気づいたのだが、僕はここ数年、ほぼ“仕事の分人”しか使っていない。


一年を通して見ても、三百六十五日のうち三百五十五日は、講師という人格で生きている

 

それは常に「人から見た自分」を意識しているということであり、また講師として社会的に相応しい自分、大人として生徒から畏怖される自分で生きているということだ。

 

上司には敬語と気遣いを欠かさず、同僚はおらず、大学生講師からは校舎長として見られる。四六時中、気を張るか、張られるかのどちらかだ。

 

もちろん、生徒や保護者、講師と話す中で、あの頃のような居心地のよさを感じる瞬間がゼロというわけではない。

 

しかし、その繋がりはどこまでいっても「仕事上の関係」だ。それは言い換えれば契約であり、責任であり、果たせなくなればいつでも切れる関係性でもある。

 

家に帰れば、そのモードは一旦切れる。だが、そのとき僕が戻るのは“独りのとき”の分人だ。平野氏によれば、この分人は直前までの環境の影響を受けやすいという。

 

となればやはり、孤独なときも、仕事の分人が深く影響を及ぼしているのだろう。実際、家にいても仕事のことを考えてしまう自分がいる。

 

ではなぜ僕は、いわば常に演技をしているのか。おそらくそれは、「素の自分では社会人として甘すぎる」という自覚があるからだ。

 

実際、過去には何度も「社会人として甘い」「学生気分が抜けない」と言われ、かつての自分を叩き直されてきた。


これは僕に限らず、多くの人が学生から社会人へとステップアップする際に経験する“成長痛”なのだろう。だが、その過程で僕は「素でいること」が怖くなったのだ。

 

気づけば一人称は「僕」になり、誰にでも敬語を使い、時事ネタをしっかり追うようになっていた。


それに留まらず――恋愛に幻想を抱くのをやめ、結婚という将来像を捨て、社会の期待以上に自分の心に応えることを選んだ。

 

それら一つ一つは、いわば“あの頃の僕との決別”にほかならない。何年もかけて、いろいろな部分を塗り替えてきた。全てを上書き保存した結果が、今の僕だと思っていた。

 

だがそれは、違っていた。フォルダ階層の奥底で、更新されないままの状態で、あの頃の分人は確かに生きていた。いつかまた、安心の中で曝け出せる時を待ちながら。

 

あの頃にあったのは、「安心」と「充実」だった。今の僕には、充実こそあれど、安心がない。誰と話していても、そこには常に責任と分別が同居している。

 

そう思えば、あのとき感じた切なさは、思っていた以上に切実な感情だったのかもしれない。魂の叫びと評しても、もはや過言ではないだろう。

 

僕の奥底で、あの頃の僕は何を訴えたいのか。そして今の僕に、何を促しているのか。
それを考えることこそ、今の僕に課せられた課題のように思えてならない。

 

ただちょっと尻切れトンボではあるが、そのテーマについてはまた、記事を変えて、掘り下げていくことにする。では今日はこの辺で。

 

 

 

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