僕は、家にいるときや友人と過ごしているときに仕事の連絡が来ると、たまらなく不快になる。これは怒りというより、もっとぐちゃぐちゃした「嫌な気持ち」に近い。
せっかく遊んでいるのに仕事の連絡が入ると、「休みの日に確認が来るということは、事前の段取りが甘かったんじゃないか」という自責っぽいことを考えてしまう。

また、そういうふうにノイズが入ってしまうくらいなら、いっそ最初から休みや遊びの予定を入れなければよかったと思うことすらある。
自分にとって仕事とは切り離した時間で在りたいと思うからこそ、そこにポイと何かを投げ込まれると、他者から僕の時間を汚されたような感覚になるのだ。
白黒思考、ここに極まれり。さすがに我ながら、生きづらさ、もとい息苦しさを覚える思考だ。だからこの記事を通じて、その実際のところを、丁寧に掘り下げたいと思う。
すぐにできないから嫌。

休日やオフの時間は、当たり前だが職場に居ない。だから、すぐには対応できない。そのため、何か些細な問い合わせや依頼の連絡であっても、どうにも落ち着かない。
言うなれば、「手にトゲが刺さっているのを認識しつつも、毛抜きが無いから処理ができず、気になって仕方ない」ような状態である。
早く処理して、意識のリソースを食う存在を消し去りたいのに、今すぐにはそうできない。それが、ストレスの正体だと思う。
このように、”すぐには対応不可”な状態で、何か気になることが起こると、そればかりに意識が食われてしまい、目先のことが楽しめなくなってしまう・・と僕は考えている。
「業務時間外なのに気になる」のはビジネスマンの鑑なのか、それとも…?

もちろん冷静に考えれば、業務時間外に飛んできた仕事をすぐに処理する義務はない。何ならそれは、時間外労働として、きちんと給料が出なければダメらしいのだ。
実際、休日だけど今すぐ対応しろという温度感で仕事を振られたことは、年に1回あるかないかのレアケースだ。にもかかわらず、自分のメタが勝手に自分を責める。
「相手は期待していないかもしれないけど、自分が気づいていながらそれを放置して、遊びを優先するのはどうなんだ?自分がそうされたら腹立たしいだろう?」と。
そうなると、心が休まらない。だから我慢できず、ついつい職場に向かい、そこでパソコンを叩くこともしばしばだ。家にいてもメタが機能し、まるで落ち着けないのだ。
そんな僕には昔から、「全てのことに自分で責任を持ちたくなる」という癖がある。それは、人生の中で「その方が最終的に得だった」経験を繰り返してきたからだ。
例えば、自分にとっての説明は、相手にとっては言い訳に過ぎない。帰責性などどうでもよくて、さっさと誤って対応に移った方が時間と労力の節約になる。
何かエラーが起きたとして、「自分のせいじゃない」と主張しても、話は進まないのだから、さっさと引き受けてしまった方が早い…。
そうやって身につけた反射的な責任感が、今の仕事にも作用している。雨が降っても自分のせいとはよく言ったものだが、僕は心のどこかで本気でそう思っている。
だが、家にいるときに仕事が来たことまで「自分のせい」と感じるのは、明らかに不健康であるよなと、ここまで考えを整理していて初めて、思った。
だから引き続き、今度はいわゆる責任感と自愛の折衷案のようなものを、探っていきたいと思う。
「責任を持て!」「いや、いいから休め!」

僕がしなければならないことは、何よりまず冷静になることではないかと思う。ことこのテーマに関しては、僕は反射と感情で判断したり話したりしている気がするのだ。
もし本当に「至急案件」であるならば、そもそも相手を休日に働かせなければダメというそんなギリギリのタイミングで回してくる方も、かなり悪いと言えるだろう。
全てのケツを拭くと言えば聞こえはいいが、流石にそれはおかしいだろうというものを峻別できる目線もまた、そこに無ければマズいように思えてくる。
加えて、そもそも「見なければいい」環境を作るのも有効だと思う。例えば家では通知を切るとか、そもそも返信”しない”とか。実際、このやり方がポピュラーらしい。
このあたりの線引きまでも、他者や偶然に委ねるから、僕は永遠に、無制限に引き受けて、勝手に消耗しているのではないか?なんか、ただそれだけに思えてきた。
まとめ。
とはいえ、仕事が溜まっている状態も気分が悪い。今抱えている案件も、職場に着いたら即、片付けるつもりだ。
僕はどうしても「相手の期待以上のものを返す」とか、「すぐレスする」といったスタイルを捨てきれない。だからこそ、今すぐ返せない状況自体がストレスになる。
だが例えば、キャンプに行ったり実家で寛いでいたりする際にまで、意識を張っておく必要とは何なのだろうか?仕事に人生丸ごと捧げたつもりは、流石にないのに‥。
要するに、僕のストレスの正体は、「責任感と完璧主義の過剰反応」だと思う。ここには意外と理性は介在していない。冷静さと、改めての合理的判断が要るのだろう。
休日にまで気を張る必要はない。気を遣う必要もない。休日に対応してもらえなかったことをクレームにする顧客は、むしろ切って正解なのだ。
通知を切り、相手に期待させない工夫をしつつ、「今できないことは後でやる」で十分だと、自分に言い聞かせる。明日できることは明日やればいいのだ。
ということで今日はこの辺で。