精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

僕が仕事を通じて”したいこと”が意外だった。

この記事を書いている今は11月6日木曜日なのだが、11月の定休日は、ある1日を除いて出社・開校することがほぼ確定した。(テスト週間や面談の影響だ)

 

それ自体はもう慣れた話なので、今更これについて不満を垂れる気はない。今日は働いて、明日も元気に授業をしていればいい。それだけだ。

 

そうやって特に何も感情の乱高下もなく淡々と、休みが無いことがわかった現実を受け止めたかに思ったのだが…。”それ”は突然、湧いてきた

 

備品を買おうとドラッグストアに立ち寄った際のことだ。その近くには高級そうな焼き肉屋があり、店を出ると、とても香ばしい焼肉の香りが漂ってきた。

 

そういえば久しく焼肉なんて食べていない。最後に食べたのはいつだっけか。2025年に入って、肉を焼いた記憶はあるか…?

 

そんなことを考え始めたら、何か頭がもやもやしてくるのを感じた。そしてそれに比例するように、僕が仕事を通じてしたいことが、急激に結晶化するのを感じたのだ。

 

今日はそんな想いを、忘れる前に言葉にしておきたい。

 

 

贅沢を常日頃からしたくはない、だけど…。

 

先に言うなら、焼肉の香りをかぐことによって、「もっと稼ぎてぇな」と、心の底から思ったのだ。焼肉さえ滅多に行けない水準で暮らしていて、良いのか俺、と。

 

正直、もっともっと稼いで、オーダーメイドのスーツを着て、ロレックスを巻きたいとか、そんなことは微塵も思わない。そんな見栄でしかないことに金を使う気はない。

 

しかしながら、僕は清貧を絶対的な是とする価値観にも中指を立てたいホセ・ムヒカ大統領だったか、あの生活が一時期持て囃されたが、僕はあの暮らしには憧れない。

 

いわゆるタワマンのような、過剰にいい家に住みたいとは思わないが、僕の住む地方では、毎月6万くらい払えば築年数が3~40年の一軒家に住めるのだ。

 

いわゆる生き物系YouTuberの方の動画を観ていると、一軒家に住んで、自分の好きに生物を飼って、それに囲まれた暮らしをしている姿を散見する。僕は”それに憧れる”。

 

そのためには、潤沢な資金こそ要らないが、今の水準を1~2ランクは底上げしないと、届かない世界だとも感じている。

 

僕はお金持ちになりたくはない。しかしながら、あの暮らしをしたいとは心底思う。そのためにはお金が必要なのだから、稼ぐことは別に悪ではないと納得している。

 

金を持てば叩かれる。持ってないけど、叩かれてる。

 

ところで、お金を持つことの弊害は何だろうか。税金がたくさん取られるとか、責任が重たくなるとか、そういうのが浮かぶと思う。

 

だが一番は、周囲からのやっかみや攻撃の標的になり易いということになるのではないか。小金を持っただけで叩かれる。収入が増えれば、なおさらだ。

 

・・逆に言えば、周囲からあれこれ言われ、叩かれる人は、その対価のようなものとして、収入が多くても何も文句はないということになるのではないか?

 

そんな僕は、ではそういうアンチ攻撃とは無縁かと言われれば、そんなことはない。ただの八つ当たり、理不尽な物言い、そんなの2日に1回は食らっている

 

他人のミスのケツを拭く。人件費を無駄に使えないため、休日に出る。自分が悪くないと思うこともとりあえず「大変申し訳ありません」ということは、完全に癖付いた

 

・・・じゃあもうちょっとくらい、収入貰ってよくないか?書いている内に沸々と、そんな気持ちが湧いてきた。他人の八つ当たりをこんなに食らって、馬鹿みてぇだな、と。

 

日々そういうキモい八つ当たり的なコメントに対しては鈍化がどんどん進んでいるのだが、そのスキルが収入の代わりになっているなんて、流石に思わない。

 

英検も取って、ついこないだは漢検も取って、英検対策で何人も通し、実績だって作っているのに、と思う気持ちと、まだまだ結果を出している人はいるよな、という諦観。

 

それが混ざり合った結果、僕は”のし上がる”という野心ではなく、”さすがに今よりは生活水準を高めたい”というところに落ち着いている感じだ。

 

キラキラした自己実現、清貧の体現、いずれもいずれもクソ食らえである。たまには一食1万円のところで飯を食ってみたいし、中古の一軒家に住みたいのだ。

 

となれば、やはり必要なのは結果と実績。つべこべ言わず、今日も”それを見据えて”頑張ることにしようっと。

 

では今日はこの辺で。

 

 

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