昨日も今日も一応名目上は休日だったが、普通に面談やら授業やらを組んで、何なら早出をしてそれらに取り組むという有様だった。
来週の日曜日は多分オフにできるのだが、それ以降のオフは笑えるほどに、見る見るうちに埋まっていき、自分で自分の墓穴を掘っているような気分になる。

起きている間はしたいこと・すべきことで埋め尽くせ!という堀江貴文氏のアドバイスが僕は好きだ。そして実際、そう心掛けていると、一番充実した気持ちも覚える。
しかしながら、僕には彼ほどの体力、処理能力、精神力が残念ながら備わっていない。だから埋め尽くすと、ちゃんと疲弊し、段々と消耗に転じていく。
こんなことは過去何度も経験して承知していたはずなのに、それを止めることができない。あるいは止めた状態を持続させることができないのだ。
だが今日、いよいよ「空白」を設けないと、俺は行ってはいけない領域に転落してしまいそうだなと危惧する出来事があった。今日はそれをベースに記事を書いてみたい。
”頭の中に靄がかかったようだ”

異変は、共通テストの予想問題を解いているときに感じた。大問1からどうにも頭が働かず、第一問の答えが絞りにくくて仕方が無かったのだ。
読んでも思考はどこか上滑りするような感じで、「あー、多分ここが答えに関係するでしょ」という勘も働かず、普段より圧倒的に集中力に欠けるのを実感した。
その後も一応解けはしたのだが、「教えるときはここを外さないように心がけよう」といった意識を維持するのがとても大変で、振り返ってもとても疲れる時間だった。
・・・それが仕事なので、共通テストの予想問題を解く際に、「あれ?これマジでわからない‥」と思うことは基本無い。だが、今日はその寸前まで行くことが多かった。
ここへきて自分の偏差値が急に10近く下がったような感覚。本当に背中を変な汗が流れたのではなかろうかと思うほどだった。
脳を消耗させるのが仕事の人は、オフに何をしているのか?

藁にも縋る思いで調べた(というより確認した)のは、集中力を酷使する方々のオフの時間の過ごし方だ。真っ先に閃いたのは羽生善治氏の例である。
彼はインタビュー等で一貫して、「休日はソファで何時間も、音楽も流さずにひたすらボーっとする」といったことを語っていた。
それに関連して思い出したのが、メンタリストDaiGo氏が「本当に休憩が無くて消耗してしまう」という教員の方に伝えたアドバイスだ。
それは、「数分で良いので何も考えずにボーっとしてみてください、それが一番オススメです」というものだった。
集中力なり思考力なりを日頃からフルスロットルで酷使する彼らが、「ボーっとする」ことの有用性を説いている手前、それは試すに値する普遍的な教えなのだろう。
何もしない時間を過ごすというと、それは怠惰や油断という言葉と容易に結びつき、すごく不安を覚えるが、実践者がいるならそんなことをほざいている場合ではない。
そもそも論、堀江氏も過去の著作で、”僕だって一服入れたいときは…”といった話を書いていたのを記憶している。彼は一服さえも、スケジュールにしているだけなのだ!
僕ごときが効率性などを一切考えずにセコセコ働いたところで、頭を使って努力できる人には敵うわけがない。それを弾き返せるほどの体力があるわけでもない。
僕という人間のキャパを考えると、根詰めることより、時折オフを入れる方が、総合的な成果・結果の量も質も、良い方に変わるのではないかと思えている。
では今日はこの辺で。