特に朝起きてすぐとか、家ですることないままにゴロゴロしているときなんかに、いわゆる「嫌な思い出」に苛まれることが未だにある。
例えば過去の理不尽極まりないクレームとか、かつての上司に言われた耳を疑うような叱責とか、中学の頃に意味不明な理屈で怒鳴りつけてきたおっさんの記憶とか…。

そういったものが、シンプルに”気持ち悪い!!!!”という強い不快さを伴って思い出され、心の平穏をぐちゃぐちゃに乱されることがしばしばなのだ。
そういうわけで僕は気づけば暇な時間自体が大嫌いになり、家で何もしないままでいるくらいなら仕事をした方が数段マシという黒い思考をするようになってしまった。
このままでは過去の亡霊に人生の主導権を丸ごと握られているのも同然であり、いい加減マジで何とかしたいと、実は5~6年ずっと考えている。
しかしこれらの記憶は本当に強力で、どれだけの期間が過ぎようと、あの日受けた屈辱やキモさそのままに心の底に息づいており、意識に生じる隙を伺っているかのようだ。
どうしたらいいだろう、どうしたらいいだろうとずっと考えては意識にハックしようと頑張ってきたが、現時点で”まだマシ”な対処法を、2つは見つけることができた。
今日はそれら2つを紹介したいと思う。
また別の”キモい記憶”で上書きする。

余談だが、本当にボーっとしているときは脳内で拡散思考なるものが始まり、そのモードに入ると、忘れてるけど未解決のタスクが真っ先に思い出されるそうだ。
これこそが迷惑極まりない反芻思考が生じるメカニズムであり、脳が「お前これまだ解決してないじゃん」と、特定の記憶を見せつけてくるお節介のような機能だと言える。
ただ、それらの99%は、今更どうにもすることができない記憶だったりする。例えば記憶を変えるため、当事者を呼び出してナイフで刺すわけにもいかないだろう、と。
また、もう亡くなった人にあれができなかったからと、タイムマシンで過去に戻ったり、穢土転生で蘇ってもらったりもできまい。だからもう、忘れるしかないのだ。
しかしながらメタはそこまで柔軟ではない。だから折に触れて思い返されてくるのだが、それ自体がいわゆる拡散思考の副産物と言うなら、対処法はある。
つまり未解決の不快な記憶であればなんでもいいのだから、また別の、確かに嫌だったけど、別にどうこうしたくもない程度のトラウマを思い出してすり替えるのだ。
例えば過去見た映画のトラウマシーンとか、山でたまたま見かけたシカの腐乱死体の記憶とか、そういうのを意識的に想起し、別の”うわぁ‥”で置き換えるのだ。
これがなかなか効果的なので、手軽さも考えれば一番にオススメしていいくらいの策だと思っている。
いっそ”徹底的に向き合おうとする”。

ひと昔前、自分の脳内に悶々と浮かぶ過去の嫌な記憶に対し、いい加減ブチ切れたことがある。「よし、分かった!今日は徹底的にお前と向き合ってやる!」と思ったのだ。
すぐにリビングへ向かい、メモ帳とペンを取ってきて、頭の中に浮かぶもやもやに意識を向け、こいつの正体はなんなのか、全て言葉にしてやろうと息巻いたのだ。
・・・だがそのとき、不思議な現象が起こった。あれほど”ある”と思っていた嫌な記憶や感情が、そこへ意識を向けた瞬間、本当にふわっと煙のように消えていったのだ。
「逃がすか!」と思って必死で意識を差し向けたが、そのときのメモ帳には「腹が立つ」以外の言葉が書けず、そして心はスッと、平穏な状態に戻っていたのだ。
以来、例えば寝ようとしているときにぬたりと反芻思考が蘇ったときは、ある種の憤りのパワーを持ってそれに集中すると、サッと散るということを何度も経験した。
周囲でやんや言ってくる外野に対して「うるせーぞ!!」と主人公が切れると、それらがサーっと散っていなくなる構図と全く同じである。
嫌な話ではあるが、メタからのイジメにはつまり立ち向かうことが一番の対策になる…のかもしれない。
では今日はこの辺で。