精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

マイナスをゼロにするという仕事ができる人は…。

今日は、「マイナスをゼロにする人」というテーマで話をしてみたい。この言葉を知ったのは、あるショート動画だった。

 

そこでは「仕事をする」「社会に貢献する」といっても、それにはいくつかのパターンがあるという一覧表が示されていた。

 

例えば、1を100にする人、0を1にする人といった分類は、よく耳にするだろう。無から有を生み出し、大きく育てる。

 

いわば「創造」か「拡大」の二軸で、社会に価値をもたらすタイプである。一般的に有能で、価値が高いとされるのは、このタイプだろう。僕もそれには納得している。

 

しかし、その動画の中で「マイナスをゼロにする人」もまた、社会を支える重要な存在だと指摘されていた。その言葉を聞いて、正直に思った。

 

「あぁ、俺はそれだな」と。今日はその直感を基に、以下記事をつらつらと書いてみたく思う。

 

 

マイナスをゼロにするとは?

 

僕はもともと、「これをすれば売上が伸びる」「これを作れば金になる」といった未来に向けた発想が苦手だ。むしろ、現時点での“マイナス”が気になり過ぎるタイプである。

 

たとえば、そもそも校舎が汚い、サービスの徹底度にムラがある、マニュアルやオペレーションに差がある、顧客対応が最近ぬるい、といった「穴」がまず目につく。

 

僕にとっては、そうした部分の修復こそが最優先であり、放置すれば後々の問題につながる“根”だと感じる。だからまず、そこを直すことから入ってしまう

 

ただ、そこを直すだけで時間も体力も使い切ってしまい、その上で「0→1」とか、あるいは「1→100」の仕事をするとなると、そんな余裕など無いのが現実なのだ

 

結果として、僕の1日は、「自分なり他人なりが作ったマイナスを、見つけてはゼロに戻す」という、それだけで終わってしまうことが多いのだ。

 

僕が今の役割を退きたい理由。

 

この僕の適性を客観的に見ると、ずっと書いている「引退したい」という思いに、また違った側面から肉付けができるように感じられる。

 

先ほども書いた通り、僕は性質的に、「煌びやかな未来を描くよりも前に、現状のダメな部分が気になって仕方がない」タイプだ。


だから、いわば勢いよく道を開きながら突き進むことは全く得意ではない。だから本音を言えば、僕の代わりにガンガン攻めてくれる人と組みたい(譲りたい)と思っている。

 

僕が裏方として基盤を整え、より開放性が高くエネルギッシュな人が、どんどん前へ出ていく。そういう分業が、本当に理想だ。

 

決して「売上を増やしたい」とか「利益を最大化したい」といった想いがないわけではない。ただ、それ以上に、「まずできていないところを整えたい」のだ。

 

しかし残念ながら、今の僕の能力程度では、そこを直して1日が終わる。あるいは体力が尽きる。これが僕が感じる、僕の適性かつ、その限界である。

 

マイナスをゼロにしても、評価はされない。

 

ところで、この動画ではもう一つ、ある印象的な指摘があった。それは、このマイナスをゼロにする人の不遇さについてだ。

 

こういう人は、外から見ればつまりゼロの地点にいて、すなわち「何もしていないように見える」ため、成果としては非常に評価されにくい

 

だが、もしそういう人がいなくなれば、無意識に尻ぬぐい等を依存しているような組織は、すぐに瓦解するとも書かれていた。そして僕は、確かにその通りだと思う。


それこそ、僕が抜けたら、誰が掃除をするのか、誰が小さな抜けをチェックするのか、誰が皆したがらないことを引き受け、手を動かすのか、と思っている。

 

だからこそ僕は、たとえ地味でも、そういう「マイナスをゼロに戻す人」であり続けたいと思っている。なぜならそれが、いい悪いではなく、向いているからである。

 

では今日はこの辺で。

 

 

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