精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

自分が自分を搾取するようになったら、マジで終わり。

今この記事を書いている時点で、明後日には大学入学共通テストが控えている。指導する側としても、どうしても気持ちがそわそわして落ち着かない時期だ。

 

こういう局面になると、心の中に妙な声が湧いてくる。例えば、受験が終わるまでは、休日を取るべきではないのではないか、というような感覚である。

 

よく考えれば、そんなことを誰かに言われたわけではないし、もし他人からそう言われたら、その理屈のクソさにすぐ気づけて、嫌悪できるはずだ。

 

それなのに、これを自分が自分に言い聞かせ始めると、途端にもっともらしく感じてしまう。僕はこれを「自分から自分への搾取」と呼んでいる。

 

そしてそれに囚われてしまうと、心はあっという間に壊れていく。指導すべき、並走すべき相手がいるのに、まず真っ先に自分が壊れ、いなくなってしまうだろう。

 

今日はそれについての警鐘を鳴らしつつ、自分がそのドツボにハマらないよう、自分で自分に釘を刺しておく記事である。

 

 

自己満足を体現し始めたら、それこそまさに終わりの始まりである。

 

指導者たるもの、「生徒と同じ苦しみを分かち合うべきだ」「休みは返上するどころか、今まで以上に仕事を入れて追い込んでナンボだろう」…と、皆様は思うだろうか

 

あたかも、正体不明の成人君主を目指さないとか神経を疑うとでも言いたげな存在が心の中に現れて、休むことや気を抜くことなど許さないとがなり立てる

 

リフレッシュなんて考えている場合ではない、という声が頭の中で響く。そんな甘い言葉を浮かべた時点で、それは本当に罪の意識で感受せよ、とでも言いたげだ。

 

だがこの論理は、意味不明どころか、支離滅裂である。誰がどう見ても、この物言いは、言っているヤツの頭がおかしいだけなので、一考だにする必要はないのだ。

 

例えば試合で結果を出さなければならないアスリートに対し、「プロなら試合の前後も徹底的に練習し、オフの日なんて取らず練習しろ!」と言うバカがいたらどう思うか。

 

僕は吐き気を催すほどの嫌悪を覚える。即刻縁を切り、コミュニティから排除したい。それくらい神経を疑う価値観なのに、自分が自分に向けると、そう思いにくい。

 

「これでいいのか」「もっとやらなければならないのではないか」「俺は俺に対する厳しさがまるで足りていないのではないか」という疑心暗鬼にすり替わってしまう。

 

正直、この状態はかなり不健全だと感じている。この意味不明な感情に押し切られて、本当にそうしてしまうと、それは先に書いた通り、自分から自分への搾取となる。

 

そうなりかけていることに気付いた今、僕は早速、共通テスト二日目の日に、きちんと休みを取ることにした。元々ここは定休日だ、というのもある。

 

施設に予約を入れて、道具も準備してしまったので、本当にあとは行くだけの状態だ。これに文句があるならかかってきてください、というくらいの図太さで構えている。

 

いわば自分から自分へ向けた「こうした方がいいんじゃないか」「空気を読まなければならないんじゃないか」という圧力は、過度な自粛ムードとよく似ている

 

そうやって気持ちを押し殺して、使命に邁進する人というのは聞こえこそ良いものの、国のために働く軍人にだって休暇・休養があるのだから、それはヤバイ思想だろう。

 

徹底して向き合っていることを表明するために、誰も見ていない部分においてまで自分を責めるなんて、まっぴらごめんだね。今はそう開き直っている。

 

ということで、今日はこの辺で。

 

 

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