他人のストレスを引き受けまくる仕事の中でも、最たるものの1つは、「弁護士」ではないかと思っている。感情的になっている相手に挟まれつつ、論理で立ち向かう仕事。
中には同じ人間とは思えないほど意味不明な思考回路をする人もいるだろうし、そういう人を顧客に持つとか、そのストレスの凄まじさはヤバいのではないかと感じる。

―逆に言えば、こういう、本当に実戦経験から得られる、身も蓋もないメンタルの在り方、ストレスのマネジメントは、すごく有益なヒントがあるのではと期待できる。
ということで今日は、他人のストレスを引き受けまくる「弁護士」のストレスマネジメントを学ぶと題し、調べて見つけた情報や心構えを、記事にまとめたいと思う。
では以下、本題である。
見えてきたのは、感情労働者ならば必須の”ある区別”。

「弁護士」とは、そもそも志す時点でサイコパス性が無いとなれない職業だと思っていたが、心を病んでしまう人もやはり多い職業なのだという。
だが、その”潰れてしまう人の共通点”を読んだとき、僕はちょっと背筋が凍る思いがした。それはやはり、真摯で生真面目な人だったからだ。
むしろ、弁護士として長く健やかに働くつもりなら、”徹底的に譲れない一線から先には入れないし、入れさせない努力をすべし”と説くベテラン勢が多かった。
例えば、依頼者のために頑張ることは大事だが、それを絶対に”自己と一体化しない”ことは、もはや基本という感じさえした。
人間としても、弁護士としても、何なら法律を取っても限界は必ずあり、それ自体はシビアに認めて、それを何とかしようなんて”微塵も思わないこと”が大切だという。
そこがわからない、あるいは押し切らせようとしてくるクライアントはその時点で断らないと、絶対に後から疲弊する。これは僕も実体験があるだけに、強く納得である。
もちろん、それ以外の時間の過ごし方にも、すごくタメになる話が多かった。そしてそれは、他の高ストレスな業態でも通じるような普遍性を持っている。
例えば、ストレスに晒されても、「それを忘れさせてくれる時間は絶対に持つ」という人は多い。それに没頭している間は、本当にそのことだけに集中するようだ。
また、これはちょっと意外だったのだが、繋がりを構築し、同業他社の人に積極的に会うという方が、”結構多かった”。
もちろん、守秘義務に反しない程度にではあるが、業界内の鬱屈した”あるあるネタ"などを語ることはすごく貴重だと、しみじみ語る人もいたくらいだ。
これは僕もその通りだと思う。たまたまだが最近、別の個人塾塾長さんと繋がりができて話も聞けて、塾業界内に繋がりを作った方が良いと、すごく感じたためだ。
また、「癒しの時間を持つ」という人も勿論いたが、これが先の没頭と何が違うのか、僕にはちょっとわからなかった。何か愛らしいものに触れる時間という意味だろうか?
自分の心に関してテキトーな人は、やはり弁護士のような生粋のタフに思える人であっても存在しない。それ自体を知れたのは、とてもいい勉強だったと思う。
潰れない優秀な方々の”最後の一線”。

―ただここまで振り返ってもやはり、「有能な弁護士が共通して持っているマインドセットはこれだろう」と納得感が強いものは、その線引きの強さとドライさだ。
できること・できないことのケジメをつけて、譲らない。というより、そのラインを超えて、自分が何かできるなんて驕りを考えもしないくらいの割り切りが要。
そしてしんどいときほど、自分ができること、できればいいことを区切り直す。例えば僕の場合、「”誰でも”合格ラインに引き上げること」は、完全に責任の範囲外だ。
それこそ、「週に1回・1科目だけの受講で、5科目の成績をアップ」など不可能なのだが、それができないのはこちらの力量不足だなんて、愚かしく思える。
「簡単にできないなんて言ってはいけません」なんてのは子供の論理である。という意味では、弁護士の方々は、特に”大人の考え方ができる人”だと言える。
そういう意味で、その価値観がすごく強く滲み出ていると感じたのは、以下の記事・コメントである。これを読んだとき、僕は強い感動さえ覚えたくらいだ。
紛争ごとを扱っているので、やたらと攻撃的な相手方、相手方代理人にはしばしば出くわします。
相手方・相手方代理人に対してストレスを感じてしてまうときは、自分が当事者化してないかを疑った方がよいです。
弁護士の仕事は良くも悪くも所詮他人事を扱うものですので、そういう気持ちでいればストレスは軽減すると思います。
(1)一つ目は、クライアントの苦悩に共感しても、同調はしないこと。常に客観的にクライアントの置かれている立場を把握してこそ、クライアントの力になれる。一緒につぶれてしまってはならない。
(2)二つ目は、「答えはクライアントの心の中にある」というコーチングの立場に立つことだ。決して「正解」を押し付けてはいけない。クライアントの人生の選択を、背中を後ろから軽く押してあげる存在でありたい。
―ここまでの考え方を全て振り返ると、ひっくるめれば僕に必要なのは、「他人事というスタンスを学ぶこと」に尽きるように思えてきた。僕はまだ、やはり子供なのだ。
子供らしさを僕は歓迎したいところもあるが、全部がそうならそれは本当にただのガキなので、その丁度いい塩梅は、これから修行し直しだなと、そんな風に思えた。
にしても、法律を知って使いこなせる人って、マジでカッコいいな。数学はからきしな僕だけど、民法・刑法なら性に合うかもしれない。
趣味程度に基礎知識だけでも、勉強し直そうかな。このモチベーションは、ある意味とてもいい副産物である。では今日はこの辺で。
参考サイト一覧。
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