「小利口は馬鹿には勝てない」という堀江貴文氏の言葉がある。最近、この言葉の解釈が僕の中で変わりつつある。
小利口とは、物事に取り組むにおいて、そこから何を得られるか、どんな労力が必要かというWHATとHOWの部分を徹底的に吟味する。そしてそれから、実行する。
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一方、ここで言う馬鹿とは、”面白そうだと納得したら、とりあえず始める”というタイプのことを指す。さて、どちらの方が楽しい景色を見せてくれると期待できるだろうか?
大人に”ならないまま”というのは、自分の感性を自分自身がどこまでも信じられることではないかと思っている。その仮説を持って、今日も以下、読んでいこう。
- 1月19日(月) リーダーになると”見えなくなるもの”。
- 1月20日(火) 最強のチームとは。
- 1月21日(水) 信じて、任せることで、生まれるもの。
- 1月22日(木) WHYを忘れた末路。
- 1月23日(金) やる気を出させたいからリーダーになるなんて…。
- 1月24日(土) リーダーに通底する、”ある”思考。
- 1月25日(日) 失敗したら死ぬ状態にしない。
1月19日(月) リーダーになると”見えなくなるもの”。

リーダーと現場の軋轢はなぜ生まれるか。それは見えているものの差にある。リーダーは俯瞰こそ仕事だが、現場の人はそこを預かるのが責務である。
より広く、長い時間軸で考えた決断と、現場で起きている出来事に対して打たれる手は、往々にしてズレがちだ。それがお互いの”わかってない!”に繋がっていく。
これを防ぐためにはどうするか。正直、現場を兼任するマネージャーが一番収まりよく聞こえるが、規模が大きくなればそれは不可能だ。
ということで出てくるのが、脳筋解法みたいだが、リーダーこそ現場で一番結果を出してきた人が努めるべき、みたいな話だ。だがこれは本当に正解なのだろうか?
能力主義で出世を決めると、いずれ全員が必ず無能になる、という話をどこかで読んだことがある。本当に、取り立てるというのは、難しい話だと思わされる。
1月20日(火) 最強のチームとは。

最強のチームとは何か。例えばかつての金融工学立ち上げ時みたいに、超最先端の学問を高い水準でマスターした人たちを集めれば、そうなるのだろうか?
筆者は勿論、それに異議を唱えている。むしろ、失敗や挫折はつきものであり、それを知らないまま過ごせてこれたエリートは、強いが同時に脆いとも指摘する。
それよりも、エジソンよろしく、うまくいかなかったことも前進と捉え、困難な状況をゲームに翻訳し、みんなで楽しんでしまえるような共同体。
それこそが最強のチームであるというような話に、僕は素直に心が躍っている。
1月21日(水) 信じて、任せることで、生まれるもの。

機能したりしなかったりというのは認めるが、信じ、任せることは、火事場のクソ力というか、ある種の創造性の枷を外すとされている。
全てを背負うというのは、昔であればどこか楽しいことだろうという感覚があったが、今は下から炎がせりあがり、上に逃げるしかない場所に放り出された気分になる。
だからスイッチは自然と入り、解除されることが無い。色々あった去年6月は、我ながらかなりのブーストを出せていたが、あの頃が今も続けばどんな傑物になっていたか。
信じて任せることで生まれるものは計り知れないが、そこにはリスクもある。だがそのリスクを無邪気にスルーできれば、本当に人を育てるリーダーになるのかもしれない。
そんなことを今は感じている。
1月22日(木) WHYを忘れた末路。
ビジョナリー・カンパニーとして称賛された会社も、1代で傾く。そんな状況が続く現代において、なぜそこまで盤石な組織が潰えるのか、すごく興味深い。
その一番多い理由は、その時々のリーダーが、創業の理念を忘れ、目先のギャンブル的で、刺激的な施策に手を出し、自滅するというものだった。
僕は最近、半分以上趣味を理由として、自分の【講師としての理念や矜持】みたいなところを掘り下げてきた。それは結果として、すごく良いことだったのかもしれない。
1月23日(金) やる気を出させたいからリーダーになるなんて…。

僕は「誰かをやる気にしたいから」といった動機で、リーダーやコーチを目指す人に、とても懐疑的である。ただしそれは主観的かつ、個人的な理由のせいなんだけど。
例えば、「やる気が出ない人を頑張らせます!!」という文句を打ち出せば、どんな人が集まるかというと、「やる気がない人たち」、もとい他責思考の人達である。
また、ホワイト企業かつ好待遇であることを打ち出すと、「仕事はラクしてナンボ!」というタイプの人が集まることも自明のように思う。
マーケティングの売り言葉を深く考えも理解もせずに使うことは、それだけで非常にリスクが高いように感じられて仕方がない。
とはいえ、それらを抜きにしたうえで、講師や塾のウリを創るとなると、これは非常に長期戦になってくることは間違いないだろう。
僕はリーダーであろうと腹を決めたつもりでいたが、覚悟ってやつはやはり長期戦だなと、つくづく思わされた。
1月24日(土) リーダーに通底する、”ある”思考。
僕は正直、ガンガン道を切り開いて、俺についてくれば大丈夫だということを疑わずに発信して、集団を引っ張っていくタイプとは程遠い。
そういうカリスマ性に依存するリーダーは、僕には無理だ。だが、それは即ちリーダー自体が無理ということにはならないだろう。他に良いモデルは無いのか。
大言壮語をぶち上げること以外にみんなのモチベーションを高める方法はないのか。そう考えていた折だったので、今日の章はすごく身に沁みた。
リーダーはまず、組織内での安心・安全を担保することから全てが始まる。安心・安全という信頼があれば、チャレンジが自然と生まれ、イノベーションが始まる、と。
これには思わず膝を打った。でっかい目標を都度喧伝しなくても、安心・安全を設計できれば、それは広義の信頼・鼓舞になるのかと、この指摘には納得感が強い。
そしてそれは、佐渡島庸平氏が著書でも書いていた教えと通底している。僕の中で一つの体系的なネットワークができつつある。そのことを今日、強く実感した。
1月25日(日) 失敗したら死ぬ状態にしない。

本当のイノベーションや成長を生み出すのに必要なのは、きちんと機能するセーフティーネットである。この理由が今回も続く感じであった。
死ぬか大儲けするかの博打を、エイヤッと取って運よく生き残っていくタイプの経営者も勿論いるのだが、圧倒的な数が、その裏で死んでいる。それを忘れるな、と。
これを読むと思い出すのが、ベンチプレスにおけるセーフティーバーだ。これが無いと、持ち上がらずに潰れたとき、100㎏強の重さが身体や首に落ちてくる。
実際にそれで死亡例もあるだけに、無謀なだけの人間は、しくじった後にただ嘲笑されるだけである。なんともコスパが悪い”イキリ”だろうかと思わされる。
では今日はこの辺で。