リーダーとしての心構えを説く本は多いのだが、それらはいずれもこの上なく具体的で、かつ属人的な話だな、とも思っていた。
その人が上手くいった方法の紹介ではあるのだが、それが僕にマッチする形になっていないのが考えどころだった。まぁ、そこに頭を使うのは、読者たる僕の仕事だろうが。
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しかしこの本は、具体的なエピソードから、普遍的な法則を抽出して、並べてくれている。いわば達人の御業が、どの基本所作から始まっているかの解説なのだ。
だからこの本に書いてあることは勉強になる。だが、それを実際に僕が心掛けたり用いたりしないと、なんにもならない。レシピ集に近いと言ってもいい。
僕自身のオリジナルコースを作るためにも、感情・体験を伴って、この内容を理解したいと思う。では以下、今週の感想文を書いていこう。
- 1月26日(月) 僕だからこそ。
- 1月27日(火) 自信が生む安心・安全。
- 1月28日(水) 有能なのはお前か?お前の周りか?
- 1月29日(木) 安心・安全を創るリーダーの仕事。
- 1月30日(金) まず、私に、何ができるか?
- 1月31日(土) ここにきて浮かんできた迷い。
- 2月1日(日) なぜお前なのだ?
1月26日(月) 僕だからこそ。

安心と安全が、イノベーションと成長を生む。ならば、逆もまたそうなのではないかと、ふと思った。
拗ねてるだけに聞こえるかも知れないが、僕は我ながら、切られたトカゲの尻尾みたいな扱われ方をしてきた。
クレームは矢面に立たされ、依頼した仕事は無下にされ、休日にタスクを振られることもあって。
そういうのを経ているので、守られるとか大事にされるとか、そんなのは甘えだとさえ思っていた。
だがやはり、それを他人に押し付けてはダメなんだな。僕の仕打ちと組織の風土は、やはり関係ないはずだ。
自分がされて嫌だったことは、人にしない。シンプルにそう生きようと思い直した。
1月27日(火) 自信が生む安心・安全。

安心・安全なコミュニティのレシピとは何か。意外な答えが、今日も指摘されていた。それは「自信」だ。もとい「任せろ、大丈夫だ」という雰囲気という感じだった。
確かに、気弱な人、当人の不安を請け負わずデータ分析などにすり替える人は、頼もしさを覚えないどころか、その人が長の組織なんて大丈夫かと、それこそ不安に感じる。
元々僕は自信という言葉が無責任な響きがして嫌いなのだが、それを表面化すると組織において悪い影響があるというのなら、その考えは見直さねばなるまい。
もっと言うなら、僕は虚勢が嫌いなので、根拠や経験が伴う自信を表現すれば、それでいいのではないか。ふと思ったことだが、良い指針ではないかと我ながら思う。
1月28日(水) 有能なのはお前か?お前の周りか?

有能と自負する人が陥りがちなバイアスがある。それは視野狭窄だ。チームプレイを忘れ、自分の能力を過信する。
これを読んで、すごく気が引き締まった。僕自身も今改めて、強く独立を意識し始めたからだ。
これが思い上がりではなく、俯瞰して客観的に考えた、論理的な帰結だと、どう言い切るのか?もしかしたら僕は自棄なのではないか?
そう疑心暗鬼になる時点で、まだまだ考え込みが浅いのだろう。だからこそ今は、基盤の部分をひたすら問い直す段階のようである。
1月29日(木) 安心・安全を創るリーダーの仕事。

リーダーの仕事はどこまでも俯瞰的で、大局観に基づいた思考・判断が求められる。それ自体は頭でこそ理解しているが、行動に反映できているかがどうにも微妙だ。
だが、この本はその具体的な行動を示してくれている。新しい道を切り開いているか?安心・安全を担保する仕組みを用意できているか?などなど。
僕は先頭に立ってガンガン率いるタイプでは決してない。そんなモデルには憧れることもない。だからこそ、こういう心理的安全を保障できる人に、僕はなりたい。
まだまだ勉強が必要だ。それかあるいは、勉強は十分で、試行錯誤という経験値の方が、今の僕には要るのかもしれないけど。
1月30日(金) まず、私に、何ができるか?
人徳や器に秀でた方の心掛けは、すごく示唆深い。そもそも行動原理のベクトルが違うからだ。
リーダーになると、人は「このメンバーに”何をさせて利益を生むか”」を考える。もちろんそれは必要な観点だ。
だが卓抜したリーダーは、「まず私がこの人たちのためにできることはなにか」を考え、その実行から始めるそうだ。
その一環こそ職場環境の整理整頓であり、仕組み作りであり、自分が間に立ってのコミュニケーションであり、なのだろう。
今は同時に斎藤一人氏の著書や言葉も読んでいるのだが、そこに通底する教えを感じられ、すごく深い学びを得られたように感じている。
1月31日(土) ここにきて浮かんできた迷い。

色々とリーダーの方法論を学ぶ中で、ふと盲点というか、一般論が実は該当しない僕の現状に思い至った。
僕は今のところ、和気藹々とした、溌剌な組織を創ろうとは思っていない。まずは個人塾を立ち上げたいのだ。
となれば、本書で説かれる「信頼」などの部分は、僕の場合は置く従業員がいないことになる。つまり顧客たる生徒と保護者に注ぐのが正しいと見て、正解なのだろうか?
もしかしたら僕は今後しばらく、部下とされる存在ないままに働くことになるかもしれないのだ。
リーダー論を学ぶことは、どこまで的を射ているのか。少し気がかりになってきた。
2月1日(日) なぜお前なのだ?

広報物の作り方を勉強していると、繰り返し出てくる提案がある。それは、「顧客はなぜ、あなたから買わないといけないのか」という理由を述べよ、というものだ。
僕で言うなら、大手予備校ではなく、老舗の個人塾ではなく、あなたのところであるべき理由はなぜか、というものだ。
そして一番はやはり「口コミ」なのだが、それを狙って起こすためには、日頃からどんな意識で過ごすべきなのか?
哲学あるいは禅問答みたいだが、逃げずにいることは不可能な問いだとも、確かに思う。
では今日はこの辺で。