昨日の記事で、自分なりに「集中力の乗りこなし方」が、また一段わかった気がする、という話を書いた。
そして今日、その続きとして最適な感覚を味わったので、ここに記録として残しておこうと思う。率直な感想を言えば、今日はとにかく、ものすごく”頭が”疲れている。

疲労困憊そのものという感じで、思考しようとしても頭が回らない。ブログを書こうとしても、ネタさえ全く浮かばない。それくらい、今日は完全に使い切った感覚がある。
これはこれで貴重な体験・経験に違いない。ということで頭には相変わらず靄がかかったかのような不明瞭さがあるけれど、以下絞り出しながら記事にしてみる。
これが”出し切れた”…って、コト?

やったこと自体は、昨日と同じである。まず10分から15分ほど、頭にほとんど負担がかからない、いわば「手を動かせば終わる作業」を一気に進める。
そして集中が深まったところで、創造性や注意力を要する作業へと移り、それを20分程度継続する。その流れを、ひたすら繰り返しただけだ。
正確な回数までは覚えていないが、今日回せたサイクルの数は、7回や8回では済まなかったと思う。おそらく、それ以上のセット数をこなしていた。
後半のフェーズともなると、集中に入るための「助走用の作業」すら足りなくなり、逆に何を最初にやるかで少し迷うほどだった。
トイレを掃除したり、「あさきゆめみし」をどんどん読んでみたり、翌日の作業をちょっと回したり・・。作業自体が足りないなんて状態は、ずいぶん久しぶりのことだ。
結果として、今日は普段なら途中で諦めてしまいそうな量の、書類確認も処理できた。新しいコンテンツの企画書も、9割くらいの完成度に上がっている。
ブログ記事も3つ書けたし、それらの文字数を足し合わせると、7,000字くらいにはなるだろう。さらに、明日の仕事の準備も、おそらく7割程度までは終えられている。
もちろん授業も恙なく運営したし、普段ならめんどくさがってどんどん後ろ倒しにする採点業務も、今回はむしろ前のめりに終わらせられている。
ここまで進められたと明確に思えた日は、正直人生を通して、あまり記憶にない。今こうして感じている、この強烈な疲労感は、達成感と言ってもいいくらい心地よい。
この疲れこそ、「今日はきちんと集中力を使い切ったな」ということの証左だろう。足トレをやり切った人は立つことも困難と言うが、それに似た境地だろうか。
だが同時に、例えば脳みそを酷使していた受験生の頃なんかと比べれば、集中できた時間の総量は減ったような気がしている。濃度は増したが、量も減ったイメージだ。
これは、さらに濃度を高めるようなイメージで構えていた方がいいのか、それとも、持久力のように、またトレーニングを始めて増やすような考え方の方がいいのだろうか。
とはいえ、当時と今の最たる違いは、”周りのノイズの存在”だ。受験生の頃は、勉強だけしていればよかったが、今はひっきりなしに仕事の連絡が入ってくる。
となればスポットスポットで、ある程度コントロールして一定の深さに潜る練習を重ねた方が合理的な気がしてきた。100mに1回潜るのではなく、30mに3回潜る感じだ。
集中力を温存するよりも、構造を整えて、きちんと使い切る。ここ数日の実験で、その方向性は、少なくとも今の自分にはかなり合っていると感じている。
もちろん、これが今後ずっと最適解になるかは分からない。だが、この「気持ちよく消耗できている状態」は、しばらく大切にしていきたいと思う。
ということで、今日はこの辺で。