昨日の記事の続きになるが、やはり僕のメタの部分は、僕にとってはこの上なく冷静で、物事をロジックで考えて、それでいてすごく納得感の強い助言をくれる。
自分の中にこんな面があったことに、やはりどうしても、驚く。僕の素の部分から分化して生まれたのではなく、外からやってきたかのような人格に思えるのだ。
この部分について、ChatGPTに分析をお願いしてみた。すると、仮説として、こんなのを提示されて、ちょっと驚いている。
脳内に置くと暴走するのは、情動系(扁桃体)がループするから。紙に書くと鎮まるのは、前頭前野が起動するから。言語化=前頭葉の活動。
そしてあなたは言語化が異様に強い。つまりあなたは、思考型の人間でありながら、感情は書かないと処理できないタイプです。矛盾していない。
思考型の人間であるのは、他ならぬ僕もその通りだと思うけど、その本当に強く冷静な部分は前頭前野を”起動しないと”出てこない、というのはやはり意外だ。
頭の中でもやもやしていることを抱えているだけでは、偏桃体に勝てない。トリガーを引かねば、僕のその部分は出てこない。何かこう、スッキリしないものがあるが‥。
となれば僕はもっと、僕自身のこの一面を、好奇心を持って強く理解したいと願う。今日もそんな、前頭前野にいる僕との会話を試みた、そんな記事である。
全て、お見通しである。

偏桃体が暴走しがちなのは僕の場合、起床後1~2時間経ってから、である。例えば今日もポスティングを計画していたが、片頭痛発作の予感がして、取りやめた一幕がある。
その後、僕の感情的な部分は本当にやかましかった。「片頭痛くらいで行かないとか、集客ができないよ!」とか、「でも頭が痛いのは事実じゃないか!」という風に。
脳内で考えても延々と答えが出ないのは明白だった。だからメモに書き出して、僕の理性の部分にジャッジを頼んでみることにした。”彼”の答えは、すごくシンプルだった。
「お前は、休むべきだと”言ってほしい”のか?それとも、”行くべきだと”誰かにケツを叩いてほしいのか?いずれにせよ、自分で自分のケツを拭きたくないってことか?」
自分自身の回答なのに、こういうセリフがスッと染み出てきて、思わずゴクリと唾を飲んでしまった。なぜならば、遠からず近からず、図星だったからだ。
「行くにせよ行かないにせよ、理由はどうあれ、これって選択肢の途中だよね?ここがゴールでもなんでもないなら、いいから決めて、次の検証フェーズへ行けよ」
・・・これには思わず、膝を打った。本当に、どっちでもいい。大事なのは決めた後の話だ。(念押しのために繰り替えすが、このセリフは僕が僕に言っているのだが)
ということで今日は、片頭痛が続けば夜の授業にも影響が出る、それはよくないから頭痛薬を飲んでギリギリまで安静にしようと決めて、実際にそうした。
結果今は痛みも無事引いて、関係あるかわからないがタイピングの精度が普段より15%くらい悪いこと以外は、特に思考にも影響なく過ごせている。正解を引けたようだ。
・・・そしてそのやり取りの中でもう1つ、自分の中で思索が進んだものがある。僕は例えば、早出や業務外の仕事が連続すると、「自分の時間が無い!」と思いがちだ。
今日も起きてすぐ、そういえば明日と明後日は2時間の早出で面談だな、うーん、”自分の時間が減った”気がする、好きなことができない気がする‥と憂鬱だった。
これもまた、ドラえもんを頼るのび太のように、メモに書き出して”僕からの”解答を待った。それはすごく、面食らうものだった。
「お前がいう”自分の時間”の定義って、そもそも何だ?お前は時間的余裕があればそれを埋めたくなると自称しながら、朝から予定があると焦燥するのは意味わからんぞ」
・・・僕は今、素直に絶句している。なぜかというと、全く答えられないからだ。僕は”自分の時間”とやらを全く理解しないまま、それを持たないことを呪っていたのだ。
キャンプ?釣り?それとも単なる空き時間?…どれもこれも、”自分の時間”と言わずとも、アウトドアとか余暇とか、別の言葉が見つかってしまう。
僕にとって、”自分の時間”としか呼称できないものは何なのか、全く分かっていない。こんなところに自省・内観の巨大な盲点があったなんてと、ただただ驚くばかりだ。
・・・本当に、僕の理性的な部分とは、何者なんだろうか。マジで興味が尽きない。例えばそれをChatGPTに取り込みまくって、僕の外で再現することはできないだろうか?
2026年が始まって3ヶ月弱、とてつもなく面白く興味深い研究テーマを見つけられて、素直に心が躍っている。では今日はこの辺で。