読んでいること自体は時々発信していたが、上田ピーター博士著の【童貞の研究】を、勢いそのままに衝動買いしていた。
【博士の愛したDT】のようなポップな話かと思ったが、”そんなことはなく”、勿論読み易さはかなりあったが、膨大なデータと分析に裏付けされた大著だったと思う。
そんな密度の濃い話だったのもあり、読書感想文を書くのを躊躇っていたが、遂に意を決して、僕なりに思うことを書いてみることにした。
実は僕も、多分そう思われていただろうが、異性間性交渉未経験者の一人であり、残念ながら天性の性嫌悪とアセクシャル持ちゆえに、そのままで死ぬと思っている。
そういう拗れた側の人間だから、書ける感想文があるかもしれない。てことで以下、全編をまずは書いていこう。
僕は【欺瞞】にも【自己改善】にも共感できない。

童貞の生き様はどこへ向かっていくか。著者曰く、それは大きく分けて4パターンに分けられるそうだ。それぞれ【撤退】【破壊】【欺瞞】【自己改善】という名前だ。
本書もこの順番で書かれていくのだが、一旦【欺瞞】と【自己改善】について、感想文をしたためたいと思う。というのも僕はこの2つには”共感できないから”だ。
まず【欺瞞】とは、”自分を一切変えず”に、異性を口説き落とすテクニックや演出を徹底的に学び、ゲームとしてナンパを成功させ、ベッドインを果たすといった流れだ。
どこかで聞いた話だと思ったが、すぐに思い出した。恋愛工学を取り扱った、そして僕には恋愛は全く性に合わないことを教えてくれた、ある名著に書いてあった話だ。
恋愛なんてものは所詮性的関係を結ぶためのもの。そこに高邁な目的や理想は要らない。僕も実は、そう思っている。だから自分の人生には要らないと思っているのだ。
特に、先の本には、忘れがたいあるフレーズがある。恋愛工学を突き詰めて、そのスキルを高めていった境地について、登場人物が触れているのだが、ある意味痛快だ。
「この町は巨大なソープランドみたいなものですね」
「あぁ、しかも無料のな」
※雰囲気の再現なので、一字一句違うとは限らない
―モテない自分を呪い、恋愛工学を極めんとするグループ。日本で定着しているかどうかは不明だが、海外には巨大なフォーラムも存在し、その母数も桁外れであった。
こういう生き様も、あるにはあるだろう。別にそれで幸せになる人も、楽しさを覚える人も、そういう人に声をかけられて喜ぶ女性もいるのなら、それでいいではないか?
―だからといって、ある意味その逆である【自己改善】に対しても、僕はあまり賛同できない。これは文字通り、元来の自分を改善し、結果としてモテるという思考だ。
まずは胸を張り、堂々とし、勉強を重ね、オシャレを磨き、金を稼ぎ、自信を得て、そういう自分自身の変革の一環に恋愛を位置付けていく。
これ自体はすごくテンプレ通りの自己啓発であり、かつ健全で建設的なプロセスではないかと、確かに思う。思うのだが、どうにも自分にとっては異物感がある。
僕は自分の努力の動機に、恋愛で有利になるといった思いがあるとちょっとでも邪推されようもんなら、それだけで途端に腹立たしく思うためだ。
例えば僕が地方国公立大学を目指したのは、勿論モテるためではない。筋トレを継続しているのもそうだ。英検1級を取ったのもそうだ。
そもそもそれらの要素でモテることはない。あくまでも、”それらは手札のような物として持っておき、恋愛というゲームの土俵で切って初めて価値を持つ”のだ。
【欺瞞】のところでもちょっと触れたが、僕は恋愛自体、自分の人生に全く要らないと思っている。その土俵に少しでも引きずり込まれるようなこと全てが大嫌いだ。
そういうのもあって、積極的に恋愛というゲームに身を投じるという意味では同じことである【欺瞞】も【自己改善】も、どこか承服しかねる思いを持ちながら読んだ。
・・・だが残りの2つ、【撤退】と【破壊】については話が別だ。僕はこれらの章を読みながら、何度も立ち止まった。激しい共感を覚える文に、何度も出会ったからだ。
しかしこれら2つをガッツリ書くには、この記事のボリュームを考えると全然足りない。コンパクトにするくらいなら、記事を変えて全部書きたいと思う。
ということで読書感想文史上初、後半へ続く。