精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

「腹いせに盛った報告」がすごく苦手。

報告は、するのもされるのも大切だ。別に説明は要らないだろうが、それは貴重かつ鮮度の高い情報であり、それを基に意思決定・行動選択をするのが仕事の一環だからだ。

 

だからそれはなるべく客観的に伝えることが推奨されるし、受け取り手もそれに対して感情的なリアクションをすることは避けるべし、という助言が鉄板だ。

 

僕もそれには心底同意する。ただ最近は、自分がした報告がマズくて面倒になったことではなく、マズい報告を受けて色々ややこしくなったケースが多い

 

それがタイトルにも書いた「腹いせに盛った報告」だ。これは正直、マジで本当に、止めてほしくて仕方ない。いい大人なんだから…と。

 

これはどういう類のモノであり、そしてそこにはどういう心理的背景があるのか。以下、僕が感情論にならないよう気を付けながら、紐解いてみたいと思う。

 

 

僕が受けた実例。

 

ある日の帰り道、先輩から一本の電話があった。路肩に停車して出てみると、「講師から職場環境にクレームが入っているので至急応対してください」との内容だった。

 

全く身に覚えがないが、このままだと大事に発展し得るかのような脅しに聞こえ、翌日早速、該当する方に低姿勢で、恐る恐る尋ねてみた。

 

するとそれは、”どれだけ盛って受け取っても”、せいぜい「この時間帯にヘルプがあるとありがたいんですよね」といった程度の、要はシンプルな提案のようなものだった

 

ここで無駄に擦り減らせた神経を返して欲しいと、すごく不快感を覚えたのを、まだ色濃く覚えている。

 

もう1つ実例を紹介しよう。「明日・明後日までに、どこそこへ廃棄物を持っていけ」という、高圧的かつ有無を言わせないような命令をされたという相談を、昨日受けた。

 

その指示を出したという方に別の用事があったので、ついでに実際に詳細を尋ねてみると…その温度の違いに、がっくりきた。

 

「3日後までに該当箇所に置いておいてもらえると、追加料金なしで廃品回収をしてくれる業者がある」という、いわば提案、あるいは情報提供に過ぎなかったのだ。

 

これによってやはり僕は無駄に感情をすり減らせたし、謎に定時より早く出社することが決まったりしたので、本当に勘弁してほしいと、強く思わされた。

 

分析と対策。

 

これは一体どういう背景があるのか。色々調べてみると、それは単なる言葉遣いのクセという可能性もあるが、他にも色々考えられる心理的背景の存在があった

 

乱暴に言うなら、「言葉を強く伝えることで緊急性が高いと誤認させ、相手の今抱えているタスクの優先順位の頂点にさっさと持っていける」というのもそう。

 

または、「深刻さを盛ることで、相手の不安のスイッチを作動させ、自分の責任ではなくする」というのもそうらしいのだ。

 

昔読んだ「ヤクザのやり口」に似たスキルがあったように感じたのだが、そのダークな効用を考えると、なんというか納得感はすごく強い。

 

では、これを自衛するにはどうすればいいのだろう。まずはとにかく違和感を持つことではなかろうか。報告内の他人が、やたら攻撃的なときはダウトと見ていいだろう。

 

その緊急性などを何割か差し引いて受け止めて、本当に他の作業をストップしてでも、平身低頭してでも対応しなければいけないか、冷静に考えてみる。

 

できれば、その当人に直接確認を取るべきだろう。すると全く温度が違うことがあり、拍子抜けすることもしばしばだ。

 

実際僕もそんな例が相次いだので、その方々の報告に添加された攻撃性は、最初から7割くらいは差っ引いて受け止めている。今のところそれで特に問題はない。

 

仮に、本当に劣化の如く関係者がキレているときは、多分その報告をしている時点でその人が全く冷静でないといった別の尺度から、計り知れるのではないか。

 

書きながら気づいたが、僕が言う「腹いせに盛った報告」は、報告の口調やトーンこそ冷静だが、その中身だけやたらと刺々しいことに特徴がある

 

こういうのは改善を相手に求めても仕方ない。システムなり自分の意識付けなりである程度緩和するしかないのだろう。

 

そして自分が絶対に他人にそうしないよう自制する。こうするしかない。人間社会はとかく生き辛い。まぁもう、30年以上生きてれば、馴れちゃうものだけど。

 

では今日はこの辺で。

 

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