ここ1ヶ月は感情の乱高下のみならず、様々な問い合わせなどもあって、嬉しい悲鳴を上げ続けてきた。その全てをこれまでの非じゃないくらい貪欲に刈り取り続けている。
そういう校舎の自助努力のみならず、詳しくは書けない他の事情もあって、僕の休日をまたしても”半固定で”ゼロにした結果、遂に”ある水準”が見えてきた。
3年前に掲げた、「生徒数〇名、売上月に〇万円以上になったら引退を準備する」と決めたライン。そこまでもう間もなくというところにまで近づいたのだ。
正直、これから不慮の退塾が出ない限り、もう間もなくこれは達成してしまう数値なのではないかと思っている。それに対し、今は何を考えているのか。
今日はその素直な心境を書いてみたいと思う。
やはり考えるのは、「どう辞めるのが収まりがいいか」である。
”表面上は”好調を取り戻した今、僕はこれまでの前言をヒョイと撤回し、またのうのうと、今のポジションに座り続けたいと思うのだろうか。
これについては…今現在の正直な気持ちとして、”その数値目標到達後に、自分が今のように校舎長を続けている未来”は、どうしてもイメージができない。
積極的に辞めたいとは思わないが、到達した後の世界に定住したいとも思わない。難しいゲームのステージを、ただクリアしただけ。それ以上でもそれ以下でもないのだ。
いつの頃からかわからないのだが、僕はいわゆる快楽・幸福を素直に受け止めるスイッチが完全に壊れてしまっているらしい。
人に褒められたり認められたり感謝されたりすると、それを「自分が言われている」とはほとんど思えない。(逆に、苦情だったり不満だったりは自分事にしか聞こえない)
僕とは、他人からのそういった敬意を集められるような器ではないと、理性も感情も完全に納得しているからこそ、そういう風に受け取り方がチグハグなんだと思う。
僕がこの2~3年間、傍目から見ればかなり苦しい状況なのにそれを放り出さずにここまで来たのは、反骨心でも、褒められたいという気持ちでも、実はどちらでもない。
さっきも書いたが、どうクリアすればいいか糸口も見えないゲームの難所を攻略したいという気持ち。これに本当に近いと感じている。
そのステージをクリアすれば、”周りは”すごく盛り上がるだろう。すげーと言ってくれる人もいるかもしれない。だがプレイヤーたる僕は、次のステージにしか興味がない。
そしてその次のステージとは、”さらに高い、同じ数値目標”なのかというと、それは違うというのをなんとなく感じている。
では独立なのだろうか。一時期真剣に、必死に考えたその選択肢も、何かこう、「確かにそれだ!」と感じるようなパンチを持たない。
そういう風に、色々なものが鎮火することが見える。そうやって腑抜けた僕が上にいる限り、この場所は段々と活気が絶え、数値は再び逓減していくのではないか。
自分を奮い立たせればいいじゃないか、と言えば話は楽なのだが、一度クリアしたステージをノーミスでクリアするとか、そういう周回に興味が持てない性質なのだ。
「ある意味やり終えた後の自分にとっては、どういった選択をし、行動をし、その結果どういう状態になれば、それは理想の幕引きになるのだろうか」。
昔までは、その目標到達がまだ遠い未来の、もしかしたら来ないかもしれないIFのように感じていたから、呑気にそういう妄想を楽しめていた。
だが今は、極めて客観的に数値の推移を考えても、その未来が来ることがほぼ明らかになっている。それはもしかしたら、明日訪れるかもしれないのだ。
そうやって現実味を帯びてくると、逆に思考は深まらないというのは意外だった。表層でただ、浮かびも沈まずもせず、揺蕩う感じ。
―でも、一番”無いな”と思うのは、だらだらと惰性で続けるだけの状態に身を置くことだ。それは、間違いがない。
人生最大の岐路と言ってもいいこの巨大な問い、本腰を入れて考え始めろというお告げなのかもしれない。では今日はこの辺で。