様々な例を読むにつけ、中庸という状態は色々と好ましくないという人がいる一方、突き抜けた先に待つのは、中庸という状態なのではないかと、逆説的なことを感じる。
「どっちつかず」は唾棄せよ。イケイケの武闘派か、頭で勝つ穏健派か、どちらかを選べ。‥という組織が行きつくのは、結局、中の上という気がしている。
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筆者の論を読んでいると、正解は1つではないが、自分にとっての正解を選び取るプロセスには普遍性がある、といったメタを感じ取れる。
僕は他人の正解が何かは割とどうでも良いと思う。だが、自分にとってのそれを見つける”とりあえずの”プロセスには、強い興味を持っている。
だから今日も、読み進めていきたい。
- 3月30日(月) 熾火のように燃えるWHY。
- 3月31日(火) 部が変わっても、作品は作品。
- 4月1日(水) 信じる?信じない?
- 4月2日(木) ホワイト信奉の裏。
- 4月3日(金) 価値は数値ではない。
- 4月4日(土) 二代目。
- 4月5日(日) 重すぎたバトン。
3月30日(月) 熾火のように燃えるWHY。

例え曖昧になろうとも、組織の中にしっかり息づいたWHY。筆者がMicrosoftに見出だしたのはそれだ。
ビル・ゲイツが掲げた”全世界にパソコンを”、という夢は、先進国においては既に果たされているといえる。
では、Microsoftは存在意義を失くしたということだろうか。それはそれで言い過ぎだが、目的が曖昧になったのは事実だろう。
しかしMicrosoftには今も、卓抜したエンジニアが集い、また新たな夢を、新たな社長のもとで追い続けている。
昔小学校の卒業式か何かで歌い、やたら心に残った歌詞をふと、思い出した。
水は流れ 次々去って 二度と戻らない
でも 川は今日も明日も ここにある
緑の葉っぱは 地面に落ちて
やがて消えていく
でも ここにしっかりと 立っている
私たちは どこからかやってきてここにいる
私たちは やがてここから出ていくだろう
その時は 別の私たちがここにいて
やっぱり遊び やっぱり学んで いるだろう
たくさんの私たちを見守って
たくさんの私たちを見送って
学校は ここにいる 私たちの学校
いつまでも私たちの 友だち
3月31日(火) 部が変わっても、作品は作品。
組織がいわば「第二部」になったとき、転落するか、繁栄するか、それはまたその都度の別問題になるそうだ。
そこから無軌道になるか、それとも新しい道で”らしさ”を出して繁栄するか。その鍵は「WHY」だ。やりきった後には必ずWHYに立ち返り、来た道を振り返る。
僕も実は今、ある意味で分水嶺にいる。正直まだドタバタで多忙だが、こういう時こそ、逆に過去を振り返るのがいいのかもしれない。
4月1日(水) 信じる?信じない?

昔から性善説と性悪説、どちらを前提にする方が生きやすいのか、また上に行けるのか、よく考える。
他人の善意を信じる人は卓抜したところまでいけて、他人をどこか無下にできる人も秀でたところにいる。
そして前者であっても、自分や組織に不義をする輩にはとても厳しく冷酷だったりする。
面白くない結論だが、二面性がどちらも突っ切っている人が、つまり最強ということなのかもしれない。
4月2日(木) ホワイト信奉の裏。

とにかく定時で絶対帰ることを徹底している会社に入りたい……という人を理解できないと思っていた。
さらにいえば、そういう人を雇いたいと思う会社もそうだった。正直、人気取りに終止した結果、ロクなやつが来ないと感じるからだ。
とはいっても、そこに理念がしっかりあれば話は別なようだ。ホワイトであることがきちんと【手段】である組織。
「仕事がラクだからサイコー」ではなく、短時間で最大効率を生んで成果を出し、その余暇で友人や家族と過ごしてほしい。
そんなメッセージを汲み取れる人物はおそらく有能で、それを選別するという意味であれば、先のメッセージもアリだなと感じられた。
4月3日(金) 価値は数値ではない。

金を稼ぐ人は即ち善で、金を稼げない人は即ち悪。これは暴論なのか、否か。僕は暴論だと思うが、そこには但し書きがつくと思っている。
例えば金を稼いでも組織内に軋轢を生むような性格の悪さだったらどうか。あるいは売り上げがやや寂しくても、組織内の誰にも好かれ、雰囲気を良くする人ならどうか。
つまり、トータルで共同体にもたらす価値がプラスであるかマイナスであるかが、真の価値を決めるのでは、と今日の話を読んで思った。
金が全てではないとは思うが、それを都合よく解釈する人は大したことないと、どうしても感じている。
4月4日(土) 二代目。

Microsoftはリーダーの交代後、どうなったのか。不穏な書き出しから、今の章は始まっていく。
ゲイツのWHYを果たすためのアイデアは次々と実現し、彼が描いた巨大な夢は完全に具現化した。
そしてそれを契機に、自分の財団への活動に力を入れるため、彼は会長職へ退くことを決意する。
その後彼から受け継がれたバトンは、どうなっていったのか?不穏には違いないが、頑張って読みたく思う。
4月5日(日) 重すぎたバトン。

ゲイツが抜けた後の社長は、元来のWHYをぼやけさせ、何を・どう売るかに終止するようになってしまったという。
そしてこれは前例無き失敗でも何でもなく、Appleでも起きたことらしい。カリスマ性溢れるリーダーが去った後、後を継ぐものはそのバトンを受け取りきれなかった。
正直これは他人事の話のはずなのだが、僕にはどうしても、自分に徹底して無関係とは思い切れないのである。
では今日はこの辺で。