精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

休”日”はやはり要らないので、オフを細かく分割してみることに決めた。

「休みを取らない人」と検索すると、やはりネット上では非難と冷笑の嵐であった。どう検索してもそうなので、一般論としてはそうなのだろう。

 

「休めないのに代休も無ければ賃金手当も無い」と弁護士に相談するフォーラムもパンパンであり、なるほど、世間は「休みたいのに休めない」人が多いんだと思う。

 

そういう意味で、僕はやはり、我ながら異質だと思う。自分にとって最適解のオフや働き方を追求した結果、”休日としての24時間は要らない”という結論になったからだ。

 

これまで何度も、「休日は要るんだ!!」と”思い込もう”としてみたが、心の奥底の部分に巨大なバネでもあるのか、そこに触れた刹那、「いや要らん」とひっくり返る

 

だから「休日 要らない人」で検索をしてみたが、そんな例はほぼ皆無であり、どこかすごく寂しい気持ちになってしまった。

 

というわけでもういっそ、世間のスタンダードを思い切り外れて、自分の理想に特化したそれを考えてみるかという方向に吹っ切れた。

 

その結論はタイトルに出ているのだが、以下それをまとめてみたい。

 

 

”あなたは回復まで異常に最適化してしまった人”

 

ということで、僕にとってのオフとは何か、休みとは何か、その思いの丈を一旦素直に全てChatGPTに吐き出したうえで、その分析をしてもらった。

 

どこか厨二くさいが、その返答を一言で言うなら、僕は「他の人が休日に求める機能を極端に最適化してしまっている」ということらしい。

 

その最たる例は、とある小旅行だ。数年前、さすがに心身消耗した感じがあったので、1日かけてゆっくりとオフを取ろうと決めたことがある。

 

大体朝の10時に家を出て、70㎞先の水族館へ行き、館内を三周して、そこから近くの寿司屋で”ゆっくり”食事をし、温泉までドライブして”心行くまで”浸かる。

 

-そうしたはずなのに、十分満足して帰宅してみれば、なんと夕方4時とか5時であった。僕にとって”1日全部満喫した”という感覚は、疲労していても7時間にまとまる

 

するとどうなるか言うと、休日にしたいことをどれだけ集めても、普段なら2~3時間もあれば終わってしまうのだ。8時間は寝るとしても、あと14時間くらい余ってしまう。

 

その時間を生産性の無いことに充てるくらいなら、正直することも課題も山積している仕事に振り分けた方が圧倒的にトク。どうしてもそう思うから、常にそうしている

 

そしてこれまた僕の特異な生態だと思うが、1日の中に2~3時間でも休日らしい時間があれば、その後で8時間仕事があろうが、その日はもう”休日”だと納得できる。

 

それもあって、そもそも休”日”は”要らない”と思っていた次第である。(3000円の買い物をしたいとお願いしたら、毎回5万円くらい渡される感覚に似ている)

 

-さて。ここまで整理すると、逆に僕にとって”本当にマッチした余暇というもの”が見えてくるように思う。それについても分析したので、以下続きを詳述したい。

 

休日を”過ごす”というより”実行する”感じで生きる。

 

世間一般では、休日とは多分”Being”、もとい状態の意味合いなのだと思う。仕事が何も入っていない、空白の、停止した時間が24時間続く。そんな日だと。

 

だが僕にとって、休日とは”Doing”、つまり何をするかであり、休日っぽいことをしていれば、仕事が入ってようが休日なのだと思えるし、逆もまたそうなのである。

 

だからこそ今後は、アクティブレストのような過ごし方をしようと決めた。例えば、疲れたら➡休む・・のではなく、栄養を摂って、半身浴を20分する、という風に。

 

ダラダラするという抽象的なところで止めず、「15分は蒸気でほっとアイマスクをつけながら仮眠を取ろう」と翻訳する。そしてタスクみたいに1個ずつ処理するのだ。

 

ということで仕事をしている際にも、5分程度時間を取って、「”休日に”したいことリスト」を作って、時折眺めることを始めた。

 

今現在も、「メガネを作り替えに行く」とか、「ボタンが取れたカーディガンを直す」とか、「セリアで買い物をする」とか、そういうのがどんどん貯まっている。

 

それらがある程度(大体5項目くらいか?)のストックになったら、朝早く起きて始業前に2時間程度のバッファを作り、そこで一気に消化しにかかる。それでいいのだ。

 

仮に長尺の、例えば5~6時間以上は絶対に掛かりそうなものがあったら、定休日ゆえに仕事が少ない、”会社でそう決まった休日”に割り当てる。それでいい。

 

僕は夜型の仕事のため、出社時間は昼過ぎと遅い。だからキャンプで一泊しても、深酒さえしなければ翌日10時撤収・帰宅・シャワーまで問題なく余裕をもってこなせる

 

キャンプでさえも連休が要らない!なんとトクな性分だろうか。だがその反動として、当然とされる24時間のオフが身体に合わないし、それを知らなかったのは痛手だった。

 

とはいえこうして気付けたのなら、後は修正して実行していくだけだ。新しい形のオフが見えてきて、僕は今、素直に、久しぶりに、【調整】に対して心が躍っている。

 

では今日はこの辺で。

 

 

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