精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

久しぶりに心の底から【辛い】と思った。

様々な情報が錯綜しているため、具体的なことは控えるが、今日とある訃報が飛び込んできた。それを聞いたとき、明確に自分の中で、何かが凍り付く感覚を覚えた。

 

すぐさまそれを報じる記事を調べ、クソみたいな推測の羅列を掻き分けながら、事実と思われる情報だけを探す。現時点でもそのカオスは全く落ち着いていないのだが‥。

 

だが、一つだけ確実なことがある。僕は今、本当に久しぶりに心の底から、辛さを感じている。これを辛いと言わずして、何を辛いというのだろうか、と。

 

正直僕はその人を別にフォローしていたわけでもなんでもない。僕が好きな別の方とコラボしているのを観て以来、何となく気に留めていた程度に過ぎない。

 

それなのに、この衝撃の度合いは何なのか。目に見えない強烈な一撃を、肉体が感知できない心の深層で食らったかのような感覚。本当に風穴が空いたかのようだ。

 

僕が記憶するその人は、笑顔で撮影に臨み、将来の夢を語り、過去の自分を肯定していた。元気いっぱいに動き回る姿も観たことがある。それがなぜ…。

 

識者によれば、どうやら時折メンタルが危ういことが伺える発言が垣間見えていたらしいし、最期の放送では、精神が非常に危険な状態であることが明白だったという。

 

だが、その詳細な情報は公開されていないし、そして今後もそれはそうされないだろうと思えるのもあって、そこまでがこちらの知り得る限界なんだと諦めている。

 

この衝撃の感じは、これまでの訃報と異なっている。僕は去年の夏に叔母の訃報を受けたのだが、闘病していたことさえ知らなかっただけに、ただ困惑したのを覚えている。

 

いわば…上島竜兵氏の死を知らせるニュースを聞いたときの感覚と同じだ。あのとき僕は、”なぜ、こんな強い衝撃を覚えたのか”、実は今も解らない。

 

僕の心になんだかんだで快の感情をたくさん注いでくれた存在が、桁外れの闇と苦しみを抱えていた。そしてそれに引き摺られた。そのことが信じられないということか?

 

どれだけ言葉を並べて整理しても、今抱えている辛さは無くなっていかない。心がここに無い気がしている。その報せを受けて以降の記憶が、本当に乏しい。

 

一番解せないのは、繰り返しになるが、僕は別に、その人の熱心なファンじゃなかった、ということにある。なのにこのショックの大きさは、何なのか?

 

あまりにも予想外だったからだろうか?ではなぜ同じ驚きを、僕は叔母の訃報に感じなかったのだろうか?考えれば考えるほど、よくわからなくなっていく。

 

ただ、表面上の姿の裏に、壮絶な苦しみや悲しみを抱えてここまで耐え忍んできたのだと”したら”・・僕がこれ以上、とやかく考察できることなんてあるわけがない。

 

心より哀悼の意を表したい。そしてもう一段階整理できたら、この辛さと改めて向き合いたく思う。その時までにこの辛さが消えていなければ、だが。

 

では今日はこの辺で。