人間的な課題を抱えていない人などいない。本当に聖人か、あるいはとても巧妙に隠し通しているだけである。
そして、なくて七癖という言葉がある。自分が気づいていないだけで客観的に見れば、その人固有の特徴など簡単に7つくらい見つかる、という教えだろう。

だから僕も、他人は気づいていて僕は無自覚な悪癖の一つや二つ、まだまだ絶対に存在するはずだと思っている。解は見えないが、あることを確信している状態。
そして今日、その隠れていた一つに、遂に気づいてしまった。さらに言えば、この悪癖は、なかなか闇が深く、仕事にめっちゃ影響があるようにも感じられる。
今日はまず、”汝自身を知れ”という言葉に忠実に、自分のこの悪癖をただ観察して紐解いていきたいと思う。
僕が途端に”興味を失くしてしまう”とき。

僕は今、休みをほぼ返上して授業を詰め込んでいる。入塾数に対してそれを担当できる人間の数が全然足りないからだ。だから人をずっと欲していた。
割とピンチな状態で2ヶ月くらい過ごし、もはやその状況が日常になってきた頃、立て続けに問い合わせが3件も入り、あとはその講師の採用と育成をするだけになった。
それは同時に、僕自身が代打で切り盛りしていたイカれた日々が終わることでもある。つまりそれはすごく喜ばしく、安堵していいはずのモノだ。
だが僕は、そういう風に、僕自身が抱えている苦境が終わりそうだという見通しが立った今・・・公言していいのかどうかわからないが、なんか、どうでもよくなってしまった。
丁寧にケアしてその講師を育成しよう、ご家庭に説明のうえ、失礼のないように交代へ動こう‥。多忙だった時期に考えていたプランのどれもが、急に億劫になっている。
「なんかもう、いいか、このまま休みの日に授業しても‥」という諦観。今の僕の頭の中に立ち込めているのはこれである。そしてこの”悪癖”は、過去何度も例がある。
こないだも書いたが、僕が元々立てた「ここまで行ったら引退しよう」という水準まで、あともう少しだ。ここでもう一段階ギアが踏めれば、届きそうにも思う。
だがこの目標について、僕は既に興味を失いつつある。これを上方修正しようとか、あるいはその内容を変えようかと言った段階にさえ、モチベーションが上がらない。
そう、僕はやはりどうしても、ゴールが見えてきた目標に対して、あるいは逆風が止んだものに対して、人より手前の段階で意欲を失うという悪癖があるのだ。
だから例えば、「ここまで到達したら流石に小旅行を入れよう」とか思っていても、それが達成されると、「なんかそこまで嬉しくないから別にいっか」と諦めてしまう。
目標に対してはハイ次と受け止めるか、ゴール自体を淡々とクリアしていくか、遊び自体をいわば報酬にしてしまうか、色々な身の置き方があるように思う。
だが僕は燃え尽き症候群とかそういうのではなく、シンプルに意欲・興味が一瞬で鎮火してしまう。自分が順風にあると判った瞬間から、やる気が無くなるのだ。
正直今も、それもあって気持ちを保たせるのが大変だ。もう一度苦しい気持ちになるような出来事があればいいのだろうが、それは本末転倒なのではないか?
組織として苦境に立つようなことが無いようにマネジメントしていくのがナンボなのに、苦境を必要としているのが僕だとしたら、不適合が過ぎないだろうか?
ゴールに届いた、やったー!という言葉は、例え嘘でも言えそうにない。英検取得時や漢検取得時にも思ったが、結果が出たものに、僕は興味を持続できないようである。
一体どうしたらいいものか。現時点では、特に答えは出ていない。では今日はこの辺で。