【START WITH WHY】も、いよいよ最終章さえ終わり、謝辞のページに入っている。日本語ではなかなか考えられないくらい、名前がずらずらと並ぶ。
筆者が何人をインスパイアしてきたかが分かるのが本文なら、筆者が何人にインスパイアされてきたかが分かるのが、この謝辞の項目ではなかろうか。
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たくさんの人から刺激的な教えを受けつつ、自分もまた、熱い思いをお裾分けしていく。前回の読書時は気づかなかった構造が見えて、素直に心躍っている。
さて。この本を読み終えたら、また何か別の洋書を買うか、はたまた再読をまた行うか。それは読み切った後の自分に委ねたいと思う。
- 4月27日(月) 読了。
- 4月28日(火) ”君のWHYを見つけよ”。
- 4月29日(水) 補い合って完成に至る。
- 4月30日(木) 自分以上に自分を理解している人たち。
- 5月1日(金) 運命の出会いは偶然に。
- 5月2日(土) 運命の隣席。
- 5月3日(日) FulfillmentとHappy。
4月27日(月) 読了。

ついに謝辞も終わった。ここからは参考資料が並ぶだけだ。だから次を考えないといけない。
改めて僕は何を学びたいだろうか。この著者の別の本を読もうかな。値は張るが、100日くらい楽しめるから別にいい。
英検1級合格以来、逆に英語の勉強を止められなくなった。「取っといてそんなもんか」と嗤われるのが嫌だからだ。
だから早めに新しい本を決めよう。そしてまたブログにまとめることにしよう。
4月28日(火) ”君のWHYを見つけよ”。

新しい本は、【Start with why】の著者の別作品ということで買ってみたが、どうやら数名の人との共著らしい。
前回はWHYから始める大切さを腹落ちさせてもらったが、今回はそもそもそれの見つけ方になるという。
具体的な方法論だとするなら、確かに前回の本を読んだ上で、とても知りたい話となる。読みやすさも健在だったので、また毎朝の楽しみにしていきたいと思う。
4月29日(水) 補い合って完成に至る。

前回の本の定義でいうなら、サイモン・シネック氏はまさにアイデアの人であり、それを形にすることは不得手なのだという。
一方共著者のお二方は、サイモン氏が驚愕するほど、彼の語る概念を理解し、それを実現する方法に秀でているのだという。
つまり組む相手として、お互いがシナジーを起こしあっている。その結晶がこの本なら、楽しみで仕方ないとさえ思う。
4月30日(木) 自分以上に自分を理解している人たち。

筆者が驚愕したことは、共著者の二人が各々でサイモン氏の理念を体現しつつも、その精度・完成品が、氏さえ驚くほどの精度であったことだという。
いわば自分以上に自分を深く理解してくれているのみならず、彼の中でまだ曖昧だったもの、盲点だったところまで含めて完全に体現してくれている。
その事が、この本を書く一番の決め手になったのだそうだ。そこまで期待をあおられたら、早くメインシナリオが読みたくて仕方ない。
洋書に対してそんなことを思ったのはずいぶん久しぶりだが、嘘偽りなく楽しみである。
5月1日(金) 運命の出会いは偶然に。

冒頭はどうやら、共著者の紹介から始まっていくようだった。ある種の運命の出会いは、飛行機で、しかも隣で座っただけの人に対して、起きたという。
隣席の人は、自分の職業等を恭しく語り始め、搭乗時は強い疲労感などから「話しかけてくれるな」と思っていた著者も、気付けばそれに引き込まれたという。
そしてこの何気ない出会いと会話が、一体どう展開していくのだろうか。結構長かったため、実はまだその根幹には辿り着いていないのだが‥。
5月2日(土) 運命の隣席。

飛行機の中で隣り合った客は、製鉄という自分の仕事を誇りに思い、その情熱を語り尽くしたという。
そのときおもむろに、「なぜその仕事をそこまで愛しているのか?」と尋ねてみたそうだ。
すると彼はまごついたという。だから筆者はそこから丁寧に、彼のWHYを紐解いたそうだ。
その結論としては、「極めて純度の高い製鉄が出来ているからこそ、巡り巡って地球を守れている自負がある。未来の世代を護れている」という矜持だったらしい。
ただし、そこまで辿り着くのには3時間という長さと、20数年の従事という経験が必要だったそうだ。
だがそれを知ったとき、彼の顔は喜びと驚きに満ちていたという。さぞ興奮する出来事だったろうな、と僕でも思う。
5月3日(日) FulfillmentとHappy。

著者曰く、自分が大事にすべきは「幸福を覚えたこと」ではなく、「充足感を覚えたこと」であるという。前者は刹那的で上書きされやすいが、後者は逆だからだ。
僕であれば英検1級の合格がそうかもしれない。受かった幸せは割とすぐ消えたが、1年前後の努力がいい形で結実したという満ち足りた感じは、今もうっすら覚えている。
Fulfillmentは、過去の実績を延々と誇るというイタい人に堕するリスクも勿論あるが、自分が真に喜びを覚えることのヒントと考えれば、幾分見方は建設的になると思う。
では今日はこの辺で。