今日たまたま、よく校舎に入ってくれている非常勤講師の先生と、サシで話す機会があった。普通に雑談をしていたが、その中で、ふとこんなことを言われた。
「先生って、ずっと職場にいますよね」と。・・これを聞いたとき…―ああ、やっぱりバレていたのか、とだけ、シンプルに思った。

僕としては、週に1〜2回しか顔を合わせない相手からすると、「まあ、なんだかんだで休日はあるだろう」と思われているはずだと構えていた。
だが、実際はそうでもなかったらしい。むしろ、「いつもいるから大丈夫なのかなって結構心配してました」と言われた。
もちろん、それが純粋な心配だったのか、「この人どうなってるんだ」という軽いドン引きだったのかは、正直わからない。
ただ、その言葉を聞いた時、自分が正直に何を思ったか。それ自体がどこか面白かったので、今日はそれを基に軽く整理しておこうと思う。
「あっ、ハズっ」

素直に書くならば、最初に浮かんだ感情は「恥ずかしさ」だった。「あ、意外と見られてたんだな」という、なんとも言えない気まずさというか、バツの悪さというか。
「バレてないと思ってたら、普通にバレてたわ」みたいな、妙な恥ずかしさがあった。自分では隠しているつもりだったことが、周知の事実だったことの発覚。
とはいえ別に、それを受けて、「じゃあ行動を改めよう」とまでは思わなかった。そこまで具体的な思考は進まず、それに先立って生じたのが、「恥」の感情だったのだ。
思い返せば、生徒からも似たようなことは言われていた。開校日時をまとめた表を渡した時に、当時中3の女子から言われたセリフを思い出す。
「これ、言っちゃえば先生のシフト表も同じですよね? 土日も開校時間が書かれているってことは、つまり休み、なくないですか?」
…その時は、単に「鋭いなぁ」くらいに思っていたのだが、今振り返ると、単に僕が周囲の観察力を甘く見積もっていただけだったのかもしれない。
自分では隠せているつもりだったことが、実際には結構見えていた。つくづく、今回感じたのも、その事実に対する恥ずかしさだったのだと思う。
とはいえ、そもそも今こういう状態になっているのは、単なる結果論である。不可抗力に追いやられて今の状態に、”不本意で”至ったわけではない。
自分の中に、「こうしたい」「ここまでやりたい」というものがまず先にあり、それを最短距離で達成しようとすると、自然とこうなっていただけなのだ。
休んでいる場合ではない、と思っている。だから実際に、そうしている。現状、別に身体も壊れていないし、メンタルもやられているわけではない。
もちろん、「心配してくれてありがとう」という気持ちはある。ただ、そのために雇用を増やすとか、自分のオフを確保するために体制を変えるとか、それはどうか、と。
僕は元来、自分の優先順位がかなり低いタイプなのだと思う。そしてこれは極端だが、僕はそうであることの何が悪いのか、実はあまりわかっていない。
むしろ、責任者や管理者ならば、その構造になるのは当然だろうと思っている。周りを活かすことが仕事であるのに、自分をいの一番に大事にするのは主客転倒ではないか?
もちろん、「それだけの責任を背負うのだから、それに見合った待遇の設計が必要なのでは?」という議論はある。それはその通りだと思う。
ただ、少なくとも僕自身の価値観としては、「引っ張る立場に立つなら、真っ先に負荷・責任・泥を引き受けるべき」という感覚がかなり強い。
もし守られたいだけなら、別に先頭に立つ必要なんてない。大きな組織の一員として、役割だけ果たしていればいい。
ただ、最後まで安全圏にいて、ぬくぬく守られながら、成果だけ享受するなんて面白くなさそうな立場には、死んでもなりたくない。そう思っている。
―最後は少し、自分の価値観の話にまで広がってしまった。ただ、「ずっといますよね」という一言から、意外と色々考えさせられたのは事実である。
ということで、今日はこの辺で。