僕はなぜ毎日働きに出るのか。そこをさらに通り越して、そもそも僕は何を楽しいと思って毎日を過ごしているのか。いやそもそも、楽しいという気持ちは必須なのか?
鈴木おさむ氏も著書で、「作家を楽しいと思ってやっていたことは無い」といった話を書いていたことから、こういう快の感情を目的にすることも、僕は疑義を抱きつつある。
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僕は、「人生なんてのは死ぬまでの暇つぶしである」という論に賛成する。だが同時に、「何かをするにはあまりにも短いが、何もしないには長すぎる」というのも同感だ。
この辺りに問いを差し向けた瞬間から、僕の内面の根っこの部分がぐらつき始めたのを実感する。それはそもそも、この辺りの内観が甘かった、ということだろう。
本書を通じて、その辺りの基盤づくりが捗れば嬉しいなと思う。では今週も読んでいこう。
- 5月11日(月) WHYを過小評価することなかれ。
- 5月12日(火) ”なんとなく”を臆せず語れ。
- 5月13日(水) 自分から滲み出たものを観察する。
- 5月14日(木) 自分が積み重ねてきたものを結んでゆく。
- 5月15日(金) 自分からドリップする。
- 5月16日(土) 快の感情を心の底にくれた人。
- 5月17日(日) To V so that....
5月11日(月) WHYを過小評価することなかれ。
その人の実績やスキルがいかに優れていても、最後は結局フィーリングが大切である。身も蓋もないが、これは本当にそうだと思う。
羽生善治氏は直感のことを、「その理由を言語化していないだけで、膨大な知識や経験則による裏打ちがあるもの」みたく捉えていた。
僕もその解釈がすごく収まりがいいと感じている。基本的に、なんとなく好きとか、なんとなく嫌とかは、かなり精度高く正しいのである。
5月12日(火) ”なんとなく”を臆せず語れ。

”なんとなく”良い、”なんとなく”悪い。そういう子どもじみた基準で物事をジャッジするのは大人あるまじき愚行だ!‥といったことを僕は習ってきた。
だからそうしてきた。僕がいいことより社会的に良いことを。なんとなくはダメで、きちんと理由が言えなければそれは理解とは程遠い。
だが筆者は、むしろ直感に従い、そしてそれを仕組みにすることこそが、より強い組織を創るに欠かせないマインドなのだと語っていた。
そんなことはできるのだろうか、と疑問が真っ先に浮かぶが、そもそもそれを語り尽くすために書かれたのが本書なのだ。だからそこは期待したいと思う。
5月13日(水) 自分から滲み出たものを観察する。

自分のWHYを知ることは、巡り巡って「自分とは何者なのか」の解像度を高めることになりそうだ。
なぜ今の日々を繰り返しているのか。何に快の感情を見つけているのか。そもそも楽しいと思っているのか。
問いに問いを重ねる。一つわかれば二つの謎が増える。自己理解のための思索は、本当にはどこまでも尽きない。
僕もまだ道半ばだと思っていたが、そもそも入口をくぐれたのかさえ怪しい。そんな風に自信がなくなってきている。
5月14日(木) 自分が積み重ねてきたものを結んでゆく。

WHYを具体的に知るためには、「なんとなく・なぜか」記憶に残っていることを思い出し、並べて、眺めるのがいいという。
それらは論理的な理由が無いようにみえて、首尾一貫した何かしらの理屈が在るものであり、それこそがWHYのヒントなのだ。
あたかも点をたくさん打って順番通りに繋げていくと、何かしらの絵が浮かび上がる知育遊びに似ている。
僕もかつてそれに取り組んだことはあるのだが、また時間を取ってやってみるのも悪くない頃合いなのかもしれない。
5月15日(金) 自分からドリップする。

過去の記憶から自分のWHYを抽出するコツは、折に触れて何度もそれに取り組むことだという。
まずはとにかく思い出す。列挙し、眺める。仮説を立てる。それを振り返り、また思い出す。
このプロセスは、なんとなくコーヒーを豆から淹れるのと似ている気がする。まずは良いから挽く。そして飲む。
味わいに覚えた感想や違和感にそって、自分の好みのそれに近づける方法を仮説立てたり、調べたりする。
かといってそれは一日に何度もすることではない。大量に飲むと味が分からなくなり、それそのものに対する飽きも生まれるだろう。量より質の稀有な例かもしれない。
頭の中にお湯を注いで、出てきたものを味わい、批評する。しばらく意識的に繰り返してみたいと思う。
5月16日(土) 快の感情を心の底にくれた人。

「なぜかすぐ名前を覚えたり、過ごしていて楽しいと思えたりした、そんな初対面の人はいないか?」という問いに、少し考えさせられた。
出会いの印象は、何度も時間を共にするうちにどんどん上書きされ、いずれ完全に思い出せなくなる。
今の自分の身長より20cm低かった頃の景色を思い出せないのと似ている。だから、はたと考えさせられたのだ。
そして仮にそういう印象を抱く人がいたとしたら、それは恐らくあなたを【あなた】として扱ってくれたからだと書かれていた。
所属、見た目、そういうものを超越して、個人が持つストーリーに着目してくれた人とその手応え。
僕にそんな人はいたっけか。多分いるには違いないが、なぜか今は思い出せる気がしない。
5月17日(日) To V so that....

もっともシンプルにWHYを探す方法として、「To V so that....」を埋めるようなフレーズになるまで磨き上げるべき、というのがあった。
意味としては「....するために、Vする」という訳になる。ただしコツとして、「昇進するために仕事を頑張る」という現在進行形的なものにしないことが挙げられる。
過去の自分が「なんとなく」心躍ったこと、楽しかったこと、そういったものを貫くテーマから始まり、この短いメッセージを端的に埋める。
僕で言えば、「知識不足で憂き目に遭う人を減らすために、指導に邁進する」とかだろうか。実というとこれでは手応えとして完成度30%くらいしかないのだが‥。
まだ先は長いが、それでいいと思っている。
では今日はこの辺で。