精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

結局、僕が好きなものの正体とは? ―ただし現状、仮説β版。

今日突然、自分の「好き」という感情について、かなり大きな発見があった気がしている。ずっと考えていた数学の、大きな1ステップを丸ごと閃いたかのようだ。

 

ただ、突然降ってきた感覚のため、全然言葉で整理し切れてはいない。とはいえ、この瞬間の感覚を逃したくないので、一旦ここで、無理矢理でも言語化しておこうと思う。

 

以前から何度か書いている通り、僕は「特定の人が好き」という感覚を、どうにも素直に口にできない人間だった

 

というより、もっと正確に言えば、今でも僕は「好きな人はいますか?」と聞かれたならば、正直に「いない」と答える。実際、”僕にとってそんな人はいないからだ

 

だが同時に、「人間が嫌いかと言われれば、それもなんか違うんだよな」という収まりの悪さも、長らく抱えていた。うまく折衷できるモデルが、ずっと見つからない感じ。

 

そしてまさに今日、その違和感をかなり綺麗に説明できそうな仮説が、自分の中で立ち上がってきたのである。

 

そしてそのきっかけになったのは、最近読み始めたコミックエッセイだ。それを起点として、まだまだカオスな脳内を上手く解きほぐしていければ・・と考えている。

 

では以下本題をば。

 

 

”あの人そのもの”ではなく、”あの人が居ると生まれる空気”が尊い。

 

最近は、いわゆる「夫婦の日常」や、「長年連れ添った人同士の空気感」を描いた作品に、妙に強く惹かれている。

 

男女特有の駆け引きがある“恋愛物語”ではなく、もっと近しく、日常的な関係性。腐れ縁や相方とでも呼称すべき「特別感を超越した後の、静かな関係性」。

 

それを疑似体験しているとき、僕は「羨ましいな」と、本当に自然と思わされる。そしてこの感覚自体は、実は昔から変わっていないことにも気づいている。

 

中学・高校の頃から、僕は「仲の良い人たちの日常」を描く作品が、ものすごく好きだった。それが無い作品は、例え名作と言われようと、さほどハマらなかったほどだ。

 

久方ぶりにコミックエッセイを読んだときも、「何か新しい価値観を発見した」というのではなく、「昔からずっとそうだったことを、改めて思い出した」と感じた。

 

それは昨日の記事にも書いた話なのだが、潜在意識は勝手に仕事をしていたようで、時間が経った今日、さらに一歩進んだ自分の価値観の仮説を突如閃いた次第である。

 

それはこんな内容だ。「自分は、“人そのもの”を好きになるのではなく、”その人が居ることで自然と醸成された雰囲気が好き”なのだ。」

 

つまり、自分が惹かれていると感じる何かがあったとして、その対象は“人単体”ではなく、“場そのもの”なのではないか。こう思うと、すごく収まりがいい。

 

例えば、「この人がいると面白いな」と感じる人は確かにいる。だが、それも結局は、「その人がいることで、その場に生じる空気感」が好きなのである。

 

居心地の良さ。自然な笑い。静かな安心感。そういった、僕にとっての強い安心感や充足感を当たり前のように補充できる場所を、”その人が成立させている”

 

そして僕は、その空気を作れる人に対して、強い好意や関心を抱いている。それはその人自身の魅力よりもっと大きな、その人が生み出す空気感そのものへの好意だろう。

 

実際、「この子めちゃくちゃ面白いな」と思う生徒も、実際は“面白さ”への反応というより、「その子がいるだけで朗らかな空間が成立する力」を評価しているのだと思う。

 

「この子がいるだけで場が明るくなるな」とか、「この空気感、いいな」と感じる時、そこにかなり強い好意が発生している。これが僕の好きの正体なのではないか?

 

そう考えると、自分がずっと「この人さえいればいい」とは言えなかった理由も、かなり腑に落ちる。僕が好きなのは、“人単体”ではなく、“時空間そのもの”なのだから。

 

そしてここまで考えていくにつれ、最近僕が構成作家や放送作家のような生き方に異様に惹かれていた理由も、急に一つのものとして繋がってきた

 

彼ら彼女らは、「場を作る」人たちだからだ。人と人の間に流れる空気。笑い。間。温度感。そういった、“形のないもの”を設計している。

 

そして多分、僕は昔から、そこに異常なほど惹かれていた。それを補強するようなエピソードは、それこそ人生において数限りなく眠っているように思える。

 

なんというか……ここ半年くらい、自分の価値観を必死に言語化しようとしてきたものが、急に一本の線で繋がり始めた感覚がある

 

まだ荒削りだし、自分でも整理し切れてはいない。ただ、「かなり大事なところまで来ている」という感覚だけは、ものすごく強い。

 

だから今後は、この発見を、焦らず丁寧に磨いていきたいと思う。間違っても結論を急ぐつもりはない。川底の砂を掬い、砂金を集めるように、金塊になるまでじっくりと。

 

そんな風に、僕はもっと、僕の”好き”を集めていきたいと思う。ということで、今日はこの辺で。

 

 

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