その理由を上手く言葉にできないが、「最近自分の人生を生きられていない」と思っている。これは皮膚感覚に過ぎないのだが。
だからといって、どこかに独り旅に出て、「失った自分を探す」なんてことをする気はない。”僕”はいつだって、僕の中にいると思っている。
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ただそれは、時折散り散りになったり、現在という霧に覆われてみえなくなったり、形式は様々だがつまり僕が感知できないところへ行ってしまう。
それを見つけ出すのもまた僕の務めだ。そしてこの本はひたすら徹底的に、己の人生を振り返り、過去と今を繋ぐ線を辿ることから始めろと説く。
今はそれに従い、見えなくなっている自分の、せめて痕跡だけでも探したい。そんなことを願いながら、この洋書を読み進めようと思う。
- 5月18日(月) WHYは砂金の如く。
- 5月19日(火) 自分の物語を誰に聞いてもらうか。
- 5月20日(水) 傾聴というより共創できる人を。
- 5月21日(木) 概論を具体にすること。
- 5月22日(金) 陰陽表裏一体。
- 5月23日(土) 結晶。
- 5月24日(日) 聞き手に求められるのはつまり、興味。
5月18日(月) WHYは砂金の如く。

WHYは最初から塊として心の底に潜んでいる‥のではなく、砂金のように微小な粒として、心の底に散りばめられているという感じらしい。
これまでの人生という膨大な水底を、自分で思い出す・他人に語るといった行為を通じて掬い取り、輝くそれを見つけ、集めていく。
それが閾値を超えて、「金」として語られるようになったとき、WHYの一端が見えたことになる。さらにそれを磨いて、洗練することで、それはより魅力を増していく。
なんと上手い例えだろうかと、素直に感動を覚えている。
5月19日(火) 自分の物語を誰に聞いてもらうか。

WHY探しのドミノの1枚目は、自分のストーリーを、近すぎず・遠すぎずという間柄の人に打ち明けること、らしい。(できれば傾聴を理解している人がいいとのこと)
過去の印象に残っている出来事を時系列で語る。それらを語りながら自分で整理するのも勿論だが、疑問・質問を時折挟んでもらい、多角的に眺めていく。
僕は苦手だったのだが、あたかも漸化式のように、何かしらの式や計算を加えたり引いたりすることで、そこには厳然としたパターンが見つけ出せるかもしれない。
それを主観バイアス取り除いて見つけ出すには、やはり他人の力が必要不可欠ということなのだろう。では僕は、誰に聞いてもらおうかな?今のところ、候補は‥いない。
5月20日(水) 傾聴というより共創できる人を。

相手のWHYを言葉にするために、聴き手に求められるスタンスの説明があった。その内容が、ある意味思っていたことと、いい意味で違ったので、面白く感じられた。
それによれば、いわばコーチというより編集者、いわば共同で一つの作品を創るパートナーという立ち位置だった。
相手の非言語コミュニケーションにまで着目し、記録し、感想や仮説を伝えていく。物語を共に形作っていく。
最近本で学んだ手法や考え方との繋がりを感じる。これはすごく興味深いテーマである。
5月21日(木) 概論を具体にすること。

聞き手に求められることは、相手の話の傾聴と、相手が概論を語ったときに、その具体を深堀する察知力、といったところになるらしい。
人生における印象的なイベントとして、毎年祖父母の家に遊びに行った、というのを語られたとする。そこからさらに、”特に”印象深いときは何が起きたかを尋ねる。
そしてそれが特別たる理由を詰めていくことで、その人のWHYたり得る砂金の一粒が見つかるのではないか。そういう風にして探していくという話に、思わず得心した。
―と同時に、ここまで本腰据えた状態で僕の話を聞いてもらうなんて厚かましいお願いは、そうそうできないなぁと、そんな少し寂しいことも考えさせられた。
5月22日(金) 陰陽表裏一体。

その人の価値観の根幹たるWHYは、煌びやかな記憶だけではない。辛いそれと表裏一体なこともあるのだ。
子ども時代の記憶が尊い気がする、と語るクライアントがいて、その日々を質問しながら深めていったときのこと。
突然そのクライアントが、泣き出したそうだ。というのも心の底に封じていた、虐待の記憶を思い出したから、らしい。
だが同時に、自分はそんな虐待から身を挺して妹を守り抜いたという覚悟も記憶から取り出せたそうだ。
そして彼女のWHYとは、「力無き人を理不尽から護りたい」というところに着地したらしい。
僕にそんな激烈なトラウマがあるとは思わないが、確かにできれば思い出したくない記憶は隠れている。それもまた僕のWHYなのか。
必要とあれば取り出して観察し、学びとして昇華することで、いずれきちんとその記憶を弔おうと考えている。
5月23日(土) 結晶。

オープンクエスチョンを心掛けつつ、一般的な回答をさせない。その人の本心を問い続ける。
聴き手に求められるスキルは、ただ楽しんで、朗らかな空気を創ること以外にも、緻密な機工が水面下で常に作動しているようなものだ。
その果てに、物語が形になって出てきたとき、それはどんなに尊い刹那になるだろう。なるほど、味わってみたい感覚には違いない。
5月24日(日) 聞き手に求められるのはつまり、興味。

話を聞き、メモに取りつつ質問し、記憶をより具体的に掘り下げながら分類もする‥。これらは確かに技術論に見えるのだが、もといメンタル面の話ではないかと感じる。
そもそもその人に対する興味が無ければ、上記の技術を使おうという気すら起きないだろう。そして原液たる物語は得てして、それ自体の面白さは乏しいものだ。
それでも”その先に出てくるであろうもの”の価値を期待し、ワクワクし、そして傾聴できるかどうか。というよりそんな人が周りにいるかどうか。
簡単に見えてとてつもなく奥が深いテーマだなと、読み終わってからそんな感想を抱かされた。
では今日はこの辺で。