精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

自分の【価値観】が壊れる音を聞いた。—そして今思うこと。

最近、自分の中で一つの区切りがついた。それは仕事よりも、恋愛よりも、独立したいという意思よりも、もっと根深いものだと思っている。

 

いわば30年近く僕の頭の中で機能し続けていた【価値観】が、音を立てて崩れ去ったのだ。その価値観を端的に表すなら、「頑張らない自分に価値は無い」だといえる。

 

これがいつ生まれたのかは覚えていない。だがこの価値観は、一つの”人格”として僕の中に固着し、来る日も来る日も、僕を頑張らせることだけに努めてきた

 

失敗するな。迷惑をかけるな。もっとやれ。未来を予測しろ。手を抜くな。まだ足りない。もっと良くできる。もっと早くできる。もっと上へ行け。現状に満足するな‥。

 

彼はとにかく厳しかった。そもそも思い返せば、子供の頃から僕は失敗を異様に恐れていた。正常のラインを僕は知らないが、それを超えているという確信はあった。

 

なぜなら、人生を振り返ると、楽しい思い出よりも遥かに、誰かに迷惑をかけたり、怒られたり失望されたり、そういう記憶の方がたくさん、かつ鮮明に残っているからだ。

 

頼んでも無いのに、これらを何度もリフレインして、僕の中に罪や恥の意識を想起させる。快の感情を否定し、不快の感情を”二度と味わうな”という名目でケツを叩く。

 

彼は僕を守ろうとしていたのだ、とは思う。二度とあの痛みを味わわないように、そして、二度とあの申し訳なさを味わわないように。それ自体は理解している。

 

だから僕は、ケツを叩かれるままに努力した。英語も。仕事も。資格も。授業も。全部そうだった。そして正直に言えば、この彼・・もとい、僕の監督は、非常に有能だった

 

彼がいなければ今の自分はいない。それは疑いようがない。実際、僕の持つものをここまで押し広げてくれたのは、他ならぬ”彼”の尽力なのだから。

 

―だが、この【価値観】はいつの間にか、僕の現状から乖離を始めていった。それでいながら、そこにすり合わせる努力は成されず、ひたすらに分離が加速していった。

 

彼がくれた成功体験を否定したくないのは僕も同じだ。だが彼も彼で、彼のメソッドを否定も更新もできないままだった。僕らはその内、味方というより敵になっていった。

 

それが段々と、どうなっていったのか。以下自分の整理も兼ねつつ、なるべく丁寧に記事へまとめていきたいと思う。

 

 

鬼監督の限界。

 

思えば、それが起き始めたのは数年前に遡る。努力はしている。多少なりとも、結果も出ている。それなのに、色んな意味で、楽にならないのだ。

 

成果を出しても、それは「当然だ」と翻訳される。すぐに「こんなので満足するな、もっとやれ」という指示に変わる。僕はそれを信じている。だからまた、頑張る。

 

結果は、出る。だが、どうしても足りない。足りていると思えない。永遠に終わらないサイクル。負のスパイラルよりもっと重く、そしてもっとさりげない自問自答。

 

報酬として与えられるはずの達成感が、全部次のノルマに変換されていく。それでも最初は、それを苦しいものだと捉えることがそもそも、自分の甘えだと思っていた。

 

世の中にはもっと頑張っている人がいる。それに追い付き追い越すとなれば、現状に満足しているようではダメなのだ。…心の底から、確かにそう思っていた。

 

でも何かがおかしかった。そのことには気づいていたが、それでも成果や結果は出ているからこそ、疑うだけ失礼だと思っていた

 

僕の内なる監督に、僕は何年も完全に信じ、そして従っていた。だが、その乖離が遂に無視できない閾値を超えてしまう、そんな出来事が遂に最近、起きたのであった

 

【価値観が】壊れる音。

 

決定打は、多忙な日々の果てに引いてしまった風邪だった。正確には風邪そのものではなく、それによって身体が壊れかけても、そのまま無視して働き続けたことにある。

 

身体は明らかに悲鳴を上げていた。椅子から立ち上がれない。頭が回らない。何も考えられない。薬を服用し、それらを無理矢理起動させ、夜まで耐えきる日々。

 

だが、監督は相変わらずだった。「もっとやれ」「休むな」「仕事が溜まるぞ」「この程度で弱音を吐くな」・・。僕は抵抗する気力もないまま、その声に従い続けた。

 

トドメとなったのは、その最中に発生した仕事のミスだ。普段なら信じられない類の、基礎的にして重大なミス。僕は当事者に必死で謝罪をし、そしてしばらく放心した。

 

帰宅後、僕は筆舌に尽くし難い喪失感に見舞われ、そのまま酩酊に任せてしばらく泣き崩れてしまった。”信じていたものに裏切られ、全てを見失ったかのようだった”。

 

その日以来、僕の耳にはかしましい監督の声が、ほとんど聞こえなくなっていった。何言ってんだコイツとばかりに、初めて従うことへの抵抗が生まれていった。

 

そして遂に先週、僕は初めて監督を徹底的に無視した。あんたの言うことにはまっぴらだ。もう俺は、俺の本心に従って、徹底的に休ませてもらう。そう吐き捨てて。

 

仕事が残っていたのも確認したが、期日が今日ではないことを確認し、即刻帰った。そして、気が済むまで寝た。起きたら、好きなものを食った。そしてまた寝た。

 

48時間あったとして、その内20時間以上は睡眠に充てた。そして、ひたすら寝るのを経て、目覚めてみて、とても驚いたことがある。

 

数年ぶりに心の底から、”回復した”と思えたのだ。風邪も治っていたし、頭も冴えていた。出社してからも別に意識せずタスクに取り組むだけで、普通に定時前に終われた。

 

そこで初めて思ったことがある。割ととっくに、自分の中の監督の指示は、見当違いのものになっていたんだな、と。初めてその能力に疑義を唱えられたのだ。

 

…そしてそれから、色々考えた。僕はなぜ、強く不安を覚えるのか。なぜ無駄だと思いながら、未来を予測し続けるのか。僕の中の監督は、それらをなぜ強いるのか。

 

手柄を否定し、現状への満足は停滞に翻訳し、頼ることは弱さだと解釈し、独りでやれなかったらそれは失敗だとがなり立てるのだろうか。

 

すると思い出したのは、ある不愉快な記憶だ。「なんでこうなる前に言わなかった」「お前のせいで迷惑がかかった」・・。子供の頃、確かにそう叱られた。

 

そこから僕が得たのは、不安を常に抱き、迷惑をかけぬよう振る舞い、失敗もせず、頼ることもしない、そうでなければ価値がない、という過激な価値観だ。

 

そしてそれこそが、僕のメタに常駐していた、”監督”の原点だったのだ。正直に言うと、決して、監督は間違っていなかった。ただし、それも”今まで”の話だ。

 

高校野球の名将がいるが、そのままプロ野球の監督になれるとは限らないのと同じだ。

彼は人生の序盤までは、最高の名将だった。でも今の僕は、もうそのステージに無い。

 

経営。健康。人間関係。長期戦。必要なものが違う。根性論や、自己否定のみでやっていくには、あまりにも複雑で、あまりにも時間軸が長い世界に、今僕はいる。

 

だからといって、僕は監督を解任するつもりはない。ただ、監督という役割は、退任してもらおうと思っている。「ありがとうございました」という言葉を添えて。

 

あなたがいたからここまで来れた。でも、もうステージが違う。むしろここまで無理させてすいません、という気持ちもある。

 

僕は新しい監督、【価値観】を、ここから創っていく。ただ今は、それが空席である状況そのものだけを、静かに眺めているような状態である。

 

終わりに。

 

数日経ったが、相変わらず、僕の監督席は空席だ。次の候補はいないし、今はコーチのような分人さえいないのを感じている。

 

不思議なことに、今はまだ、それで何も困っていない。ただひたすらに、静かだ。何か大きな試合が終わった後みたいに、充実はしているが、同時に喪失も覚える。

 

ただ、これまでになく僕は、すごくスッキリしている。自分の【価値観】が壊れる音というのは、聞いたら終わりの、いわば終末の音なんてものではない。

 

何かの始まりを告げる、いわばファンファーレのような、そんな音色だったと思う。聞いたことで、”何かが始まっていく予感がする”。

 

今の心情を表すものとして、芥川龍之介の【杜子春】の最後のセリフが一番しっくりくる。それはこんな結びになっている。

 

 「どうだな。おれの弟子になつた所が、とても仙人にはなれはすまい。」
片目眇すがめの老人は微笑を含みながら言ひました。


「なれません。なれませんが、しかし私はなれなかつたことも、反かへつて嬉しい気がするのです。」
 杜子春はまだ眼に涙を浮べた儘、思はず老人の手を握りました。


「いくら仙人になれた所が、私はあの地獄の森羅殿の前に、鞭を受けてゐる父母を見ては、黙つてゐる訳には行きません。」


「もしお前が黙つてゐたら――」と鉄冠子は急に厳おごそかな顔になつて、ぢつと杜子春を見つめました。


「もしお前が黙つてゐたら、おれは即座にお前の命を絶つてしまはうと思つてゐたのだ。――お前はもう仙人になりたいといふ望も持つてゐまい。大金持になることは、元より愛想がつきた筈だ。ではお前はこれから後、何になつたら好いと思ふな。」


「何になつても、人間らしい、正直な暮しをするつもりです。」

 杜子春の声には今までにない晴れ晴れした調子が罩こもつてゐました。


「その言葉を忘れるなよ。ではおれは今日限り、二度とお前には遇はないから。」
 鉄冠子はかう言ふ内に、もう歩き出してゐましたが、急に又足を止めて、杜子春の方を振り返ると、


「おお、幸さいはひ、今思ひ出したが、おれは泰山の南の麓ふもとに一軒の家を持つてゐる。その家を畑ごとお前にやるから、早速行つて住まふが好い。今頃は丁度家のまはりに、桃の花が一面に咲いてゐるだらう。」と、さも愉快さうにつけ加へました。

 

芥川龍之介 杜子春

 

これから一体どんな風に僕は生きるのだろうか。それすら白紙になった今、不安を覚えないのは、とても不思議だ。むしろどこか、楽しみだという気持ちもある。

 

その答えがふと閃くまで、敢えて自己啓発みたいな話からも距離を置き、心の向くままに仕事や遊びに、いや、人生そのものに向き合いたいなと思っている。

 

ということで今日はこの辺で。

 

 

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