昨日から今日の朝にかけて、キャンプに行っていた。それだけなら、「だから何だ?」という話なのだが、実は今日は、普通に仕事の日だった。
種明かしするなら、僕は仕事のシフトが昼から始まるため、別に大げさな話ではない。だが、半休でもない日にこういうギチギチな詰め方をしたのは、実のところ初めてだ。

今回は、「ちゃんと装備を整えれば、キャンプをしてから仕事に臨んでも、十分戦えるほどに回復できるのではないか?」という実験の意味合いもあった。
酒もハチャメチャまでは飲まないと誓った。寝具にもある程度お金をかけた。睡眠時間も確保できる。何より、キャンプ場から直接職場へ向かうわけでもない。
それなら案外、身体への負担も少ないのではないかと思ったのである。そんな強行軍の果て、僕は何を感じ、何を得たか。以下それを基に記事を書いてみる。
心は満たされるが、体力は失われる。

結論から言う。さすがにしんどい。ただし、これはあくまでも身体的な感覚の話に限る。実際、心はめちゃくちゃ元気で、エネルギーも満たされた感じがする。
だが、やはり身体は普通に疲れている。特に腰が痛い。正確な名称は分からないが、骨盤付近から背骨にかけて、時折ビリッと神経に触るような痛みが走る。
ヘルニアになったことがないので断言はできないが、「これ、大丈夫か?」と思う程度には少し怖い。何かしらのストレスか、それとも寝具の相性か、それはわからないが。
・・・これを踏まえて、今回はっきり分かったことがある。少なくとも僕にとって、精神的なリフレッシュと、身体的な回復は、同じものではない。むしろトレードオフだ。
キャンプは間違いなく楽しい。心はきちんと回復した。だが、身体は回復していない。むしろ平素より体力を使っている。両方を叶えることは、今の僕には難しい。
だから休日の過ごし方にも、「今日は何を回復させたいのか」という視点が必要なのかもしれないと、ふと思った、これは今までの僕に、明確に欠けていた視点だ。
今は、精神を満たしたいのか。それとも、身体を休ませたいのか。そこを決めないまま休日を使うと、案外ちぐはぐな結果になる。過去何度も同じ轍を踏んだ。
もちろん、「そんなこと考えずに好きなことをやればいいじゃないか」という考え方も理解できる。だが、思慮なき自分の感覚というものは、意外と当てにならないものだ。
もちろん、感性に素直に従うことも大事だと思う。だが、感性が”あらゆることにおいて正解を出せるはず”というのは眉唾だ。実際、僕の感性は、体力への感度が低い。
今回のキャンプに行く前の僕は、「体力は十分ある。だから精神をリフレッシュすれば完璧だ」くらいに思っていた。だが実際には、想像以上に疲労を感じている。
ということは、そもそも身体は、十全で元気というほどではなかったのだろう。実際、激務が3週間強続いた状態で蓄積した疲労が、長時間睡眠一発で消える方が不自然だ。
だから休日というものは、その時の精神状態と身体状態を見ながら使い分ける必要があるのかもしれない。そんなことを今は考えている。
もちろん、今回のキャンプは、本当に楽しかった。行って良かったと、心底思う。だが同時に、ここから数日は身体の回復に重きを置いた方が良さそうだとも感じる。
幸い、やはり精神の方はかなり満たされている。実際今日は、平均値より明らかに作業が進んだ。腰の痛みと、楽し疲れを差し引いても、かなり仕事は捗ったのだ。
仕事の集中力が高まっているからこそ、作業時間を圧縮する。そして浮いた時間を身体の回復に充てる。そんな風に帳尻を合わせるのが、今の自分には合っている気がする。
…休日の過ごし方一つで何をそんなに考えているんだ、という話ではある。だが、自分という人間の解像度が上がれば上がるほど、こういうことも気になるようになる。
ある意味では面倒くさい話だが、同時に少し面白くもある。休み一つ取っても、まだ知らない自分が出てくる。そう考えると、これはこれで悪くない。
ということで、今日はこの辺で。