精神年齢9歳講師のブログ

校舎での出来事、読んだ本、つまりインプットを全てアウトプットに変える実験場、的な。

『継続は力なり』というより、『継続できるよう工夫する力が大事なり』と思う。

どうもおはようございます。精神年齢9歳こと中元です。

 

さて。過去の記事をちらほら見ていただいている方はご存知だと思うが、僕は根性論が基本嫌いである。

 

正確には、頭を一切使わず、時間と体力だけで非効率な道を突っ走ることが嫌い、と言う感じ。

 

だからこそ、大層な目標をぶち上げ、それに必要な努力まで考えられるのに、いかにしてラクにそれを行うかを考えない生徒に首をかしげてしまう。

 

今日はそれについてぐちぐち書いてみる。

 

 

怠惰は悪か?

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最近はだいぶマシになったらしいが、やはりまだまだ『ラクすること』に対する目は、こと学校においては厳しい印象である。

 

例え話だが、雑巾がけする生徒とモップがけする生徒がいると、前者の方が不思議と褒められる感じに似ている。

 

また僕自身、2時間が割り当てられた図画工作的な作業を30分で終えて、他のことをするってことを繰り返していたら、成績で2を喰らったこともある。

 

今だから言うが、無駄に2時間掛けたヤツとクオリティは大差ない自信はある。何なら何人かよりは上だとさえ思う。単純に、質より態度なのだろう。不可思議だぜ。

 

―こういう環境で育ったり、価値観を育んだりすれば、いずれ『怠惰は悪』という考え方に帰着する。

 

そうなってしまえば、洗脳が解けない限り、『むしろ技術の発展は怠惰のおかげなのにな』というのが理解できなくなる。創意工夫が消える。

 

ハッキリ言えば、単純作業を延々繰り返すのはロボットの方が得意だし安価だ。『怠惰は悪』と考え続けると、これから先の世を生きるのは多分超しんどいと思う。

 

ーではどうすればいいのか?そして僕はどうしているのか?

 

続けて、その方法と実践例をシェアしてみる。

 

ラクしよう。

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例えば、僕が苦手な数学の勉強を習慣づけたいとする。まず調べるのは、効果的な数学の勉強法だ。言い換えれば、一番ラクな方法である。

 

そして次に、どうせ教科書を見てもよくわからないのは承知なので、本屋に行って自分に合う参考書を探す

 

わからないことを深く考えても仕方ない。自転車の補助輪みたいなモノは、最初の段階ではマストである。

 

―というより大事なことなので先に言うが、新たな習慣を作る際、自分がめんどくさいと感じる要素が2~3個以上あれば、まず潰れるのでお気をつけて。

 

はい。続けて、学習環境もそれに合わせて変える。

 

まず、机の上に参考書とノートは出しっぱなしにしておく。いちいち仕舞って出してという手間すら障害になり得るからだ。

 

そして勉強時間は、理想ではなく続けられる時間から逆算する。僕ならまず、15分ってとこだろうか。

 

また、絶対に45分以上のターンは作らない

 

集中力の仕組みから言えば、それ以上連続で集中するのは、好きなことでゾーンに入ったときだけ。前提から違う。

 

―後は例えば、中間目標の設定や、目標達成をぼかす(例えば毎日2ページではなく、週に14ページという言い方にする、等)というテクはあるが、話が反れるので除外。

 

ってことで、僕はまず徹底してラクにすることを考えるのだが、結果それを始めてからというもの、習慣定着率は本当に高くなった

 

汗を出す前に知恵を出す。昭和だったら逆の論理がまかり通ったが、今は令和だ。ちょっと立ち止まって考えてみてほしい。

 

では今日はこの辺で。

 

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