とある模試の結果が返ってきた。これはかなり難度が高いことで有名なテストであり、点数が50点しかなくても、偏差値が50を超えることがあるような代物だ。
生徒は早くその結果を返せと無茶苦茶に催促してきたが、そういう事情を知らなければ打ちのめされることが必至な点数が並びまくっていたので、ちょっと危険である。
だからメンタルの下ごしらえとして、ある話をした。今日はそれを、なるだけそん時の口調のまま、ここにも書いておくことにする。
―みんなは【自信】ってほしい?
もちろん俺もずっと欲しかったけど、英検準1級を取っても、1級を取っても、上の存在を考えちゃって結局手に入らなかったんだよね。
その後も色々調べたんだけど、結局分かったのは、【自信】なんてのは生まれ持った才能で持てる・持てないが決まっているようなものという話だけだったよ。
そして諸説あるけど、俺が調べた限りじゃ、日本人の97%は不安になる傾向が強くて、言い換えれば生まれ持って自信を持てる性格の確率は・・・。
たった3%ってことなんだってさ。確かに、全てをポジティブに、自然に解釈できる人って、滅多にいないじゃん?
そんなわけで、大体は自信を持つことが難しい僕たちが、無理やり自信を持とうとするとどうなるか?
自分を徹底して認めない性格になっちゃうんだよ。これを、インポスター・シンドロームっていうんだけどね。
―昔、これを拗らせている生徒を持っていたことがある。その生徒は、模試の結果を見る度、あることばかりを気にしていた。
それは、80点を取ったテストにおいて、20点を落としたことであったり、得意科目を褒めれば、苦手科目を見てそうじゃないと否定したり。
つまり、自分は不完全なんだから、出来ていたら困るし、それはオカシイとでも言わんばかりに、徹底して自分はダメという思考に終始しちゃってたんだ。
こうなると、悲しくて仕方ないよね。自信をつけようと頑張ったら、自分を責め続けるようになるんだから。ま、俺も実は最近までそうだったんだけど・・。
だから今から模試の結果を返すけど、ハッキリ言って君らがみたらとんでもない数値だと思う。実際難しかったでしょ?
だから、自分を責めたくなることは間違いない。けど、『次はなんとかなるっしょ~』と自分に大甘なことをするのもダメ。
自分を責めることも、自分に甘く接することも、意味は反対に見えるけど成長がゼロという意味では同じ話なんだよね。
そんなワケで、テストの結果をみたら、2秒だけなら落ち込んでもいい。
でもその後、その点を取って落ち込んでいる誰かがいるとして、慰めるためにどんな声をかけようか、そういう意識で数値をみてほしいんよね。
これを乱暴に言えば『セルフコンパッション』といって、直訳すれば『自己同情・自己肯定』って感じ。
本当に強いのは、自分に自信があるヤツじゃなく、自分に優しく出来て、でも課題点は受け止めて改善できて、さらにその都度満足しながら先に進めるヤツだからね?
目標を高く掲げるのは勿論悪いことじゃないけど、そこに至る過程全てを『失敗』と考えるような生き方だけは絶対に止めてほしいかな。
―じゃ、結果返すわ!
・・・てな感じ。例えばインポスター等を拗らせると人生めんどくさいことは、当事者なのでよくわかっている。
実はこの話はもともとする気の無かった完全なアドリブだったが、まぁまぁ様になったことが言えたんではないでしょうか。
では今日はこの辺で。