最近怖い話を読んでも、数分後に寝落ちしています。心は鈍化するんですかね。それとも成長かな?中元です。
さて。先週は、「自分が頑張っているつもりでも、それが評価されるとは限らない」という事例の、ある種一番報われないケースを食らったところである。
僕は確実に、誰よりも”小忙しい”とは思うが、誰よりも”結果”を出せているワケではないらしい。少なくとも、他者評価としては。
こういう際は、「自分が満足できればそれでいい」と説くビジネス書も多いので、一旦今週は自分の成果を数値として可視化してみるつもりである。
ただそれと同時に、仕事量的に【ぜい肉】をこそぎ落とすべきタイミングだとも感じた。要するに、【しなくていいこと】を見つめるべきだなと。
抱え込んだタスクを、効率的に処理するのには限界がある。そもそも「しない」という選択だって、もっと今以上に出来るはずだ。
というワケで僕はこっから数日間、【仕事を溜めない方々】の思考を憑依させ、健全な数値に持ってけるよう頑張ってみる。
そんな週の日記です。
6月29日(火) ―罪悪感コントロールシステム―
まず最初に見えた"無駄な作業"は、自分がやらないとボヤが出るだろうなという思い込みによるものである。
例えば抜けている配布物や、徹底されない清掃など、主に細かい作業が多い。最初は全員で分担しようと奮起するのだが、3日持てばいい方だ。
だから、忘れているなら代わりにやろう、やらない人にやらせるのは時間の無駄だ、という思いから、結構な数の業務をこっそり肩代わりしていたのだが・・。
それを思い切ってやめようと思う。つまり、忘れてるなと気づいても、自分に害が無いのなら、無視することに決めたのだ。
「やる人がいるからやらなくなる」ってのは別に悪いことじゃないけれど、それに甘えられたらめんどくさい。だから一旦、ボヤが出るまで寝かせよう。
結果、大体は要らないタスクだって気づくことにも繋がるしな。
多くのことは、やらなくても組織は回るのだ。大体のことは知らんぷりがベストという話なのである。
今も掃除したい箇所はいくつかあるが、「しーらね」という心境である。でも自分の机は片づけている。ここは知らんぷりできないからだ。
お節介はやめた。自分のことだけ考えればいいのだ。
6月30日(水) ―手柄とは―
「嫌われる勇気」にも書いてあったが、共同体に対して貢献しているという感覚が幸福の正体みたいな考え方がある。
「汗は自分でかきましょう、手柄は人にあげましょう」という竹下登元首相のセリフにも通じるところがあるよな、と。
これはこれで尊い考え方だし、同意できる部分もかなり大きい。だがこれって、上が下に強いたらダメだよなと、気を引き締めてしまう。
これは人のトップに立つ人が最終的に行き着くべき境地であり、この価値観をはき違えれば、単に手柄を奪うだけの存在になってしまう。こうなれば末路は悲惨だ。
ムーギー・キム氏の著作「最強の働き方」に、非常に怖い一節があったのを思い出した。
部下に仕事を振りまくり、面白いことだけやって手柄や横取り、ヘマは押し付けるという働き方をしていた上司が、従業員評価で最下位を取りクビになった
・・・僕は別に、「お前の手柄だ!よくやった!」と表立って褒めてもらうとか要らない。戸惑うだけだ。
しかし、僕が設定した目標をたたき折るようなコメントは、もっと要らない。余計なお世話という感じである。
だから僕は、こっそり言うと、本当に目標としている数値やステージは、人に公言したことが無い。茶々を入れられるのが面倒だからだ。
それに、理解されないだろうなとも考えているからだ。説明するのは非常にめんどくさい。
「汗は自分でかきましょう、手柄は人にあげましょう」
僕は上司と部下には言わずともこれをしようと思うけれど、強制されたら反抗する。
7月1日(木) ―責任を負えないという不自由―
論理的に説明を付けることができないことが、ここ最近ずっとある。
それは、【責任を取ろうとするな】という指示である。つまり、どんな問題も、必ず報告し、その指示を仰げという意味に、一見みえる。
もしそうならば僕はとっくに納得している。ワンマンとは別に悪じゃない。意思決定をするために、多くの情報を集める必要があるのは当然だ。
だが咀嚼しきれないのはそこじゃない。報告した結果が【任せた】であることが9割だからである。
もちろんこれも、【任せた】という指示なのだと解釈できるが、自分勝手に進めるとそれはそれで釘を刺されることが多い。
責任を取るとするなと言われ、報告したら好きにしろと言われ、そうしたらそうしたでさざ波が立つ。今、いろんな方向から食らっている板挟みだ。
―まぁ実は、これらすべての矛盾を解決する答えに、僕は気づいている。だがそれは、言語化するのさえ嫌なくらい、自分にとって最悪な答えなのだ。だから書かない。
最近、「このままではいかんだろうな」という思いがフツフツと沸いてきている。何かがこう、抑えきれなくなっている感じがする。
この状況をひっくり返すのに、【結果】は関係なかった。では、次にどんな手を打てばいい、と?
これの答えが書いてありそうな本、読み漁ろうかな。
7月2日(金) ―ふっきれた―
突如、僕の中で吹っ切れた。
「俺が堕ちたらダメだ。俺は俺の下についてくれている講師たちに、絶対に泥を被らせない覚悟でいよう」
何か不良マンガみたいな文言だが、要するに、例えどれだけ自分の心がへし折られようが、自分が正しいと思うこと、周りが望んでいることをし続けようと決めたのだ。
このきっかけはどこで得たか?本だ。落ち込んだときに読みふける本があるのだが、それを読んでいる内にフツフツと決意が込み上げてきたのだ。
僕は、掃除をしても、プリントの準備をしても、重たい電話をしても、その全てを認められることは基本無い。むしろ、報告してもあしらわれることがほとんどだ。
褒められないことは寂しいのだが、それを求めるとガキみたいでイヤ。そういうワガママを、本は肯定してくれる。
「雑用を軽んじる人間に大きなことは成せない」「神は細部に宿る」「小さなことにクヨクヨしろよ」
僕がやっていることは"評価されずとも正しい"のだってことが、読むたびに深まっていく。安心と自信につながっていく。救われていく心持だ。
・・・今僕は、【責任】について非常に色々なことを考えている。人から受けるそれについて、あまり言語化したくないこともある。
だがそれの扱い方について、「自分はこうしたい」という理想もできた。それの実行と実現に上司の許可は要らない。ここだけは攻められたら切り返す覚悟を決めよう。
そしていずれ【結果】でひっくり返す。それしかないと思った。だから僕は自分が掲げていた目標数値を、非現実ラインぎりぎりまで引き上げた。
ここを超えたとき、確実に僕へブレイクスルーが起きる。ここだけは妥協しない。手柄も責任も自分に帰属させる。だが今のままでは無理だ。新しい何かが要る。
ー何故か滾るものがこみ上げてきた。もう少しで【熱狂】の域にいけるかもしれない。
僕は自分に正直にあろうと思う。正直にあろうとはどういうことか、ここではあまり語らないでおくけれど。
7月3日(土) ―限界?―
この日は自分でも怖くなるくらい、寝起きが最悪であった。
目覚ましで起きはするが、覚醒出来ない。スヌーズ機能で10分おきに目覚めながらも、再びまどろんで寝落ち。
そんなのを2時間以上繰り返したため、マジで体調が悪いまま仕事に向かう羽目になった。ついてから眠気が強く、夜までもつのかと不安になるくらいであった。
―何とか最後まで体は動いたが、これは不健全極まりない。たぶんだが、僕には睡眠が足りていない。それが原因だろう。
普段は7時間半でイケると思っていたが、酒を飲んだら9時間くらい確保しないときついのかもしれない。だから次の日は、そのスケで試してみる。
限界を突破するのに必要なのは、案外気力でも根性でもなく、睡眠と栄養なのかもしれない。ちょっと、自分の身体、労わります。
では今週はこの辺で。