新年早々偏頭痛発動で死んでました。神からの「休め」という訓示と受け止めて、大人しくしております。中元です。
はい。今日は自分に向けての反省も込めて、新年に全く関係ない記事を書いてみる。今は実家に帰っているのだが、昼頃にある科目の勉強をしようと、席に着いてみた。
すると、マジで全くやる気が出なかった。テキスト出すの、メンドクサイ、やるところを決めるのもメンドクサイ、ついでに言うとペンもカバンの中だからメンドクサイ。
そして偏頭痛という、丁度いい言い訳も揃っていた。こりゃもう、やりませんよねー。気付けばYouTubeでゆっくり解説動画を何時間も観ておりました。ぴえん。
・・・ということで、頭痛薬も効いてきた今、ちゃんと僕はこのポカを次に活かそうと気持ちを切り替えたところだ。あわよくば、塾経営にも活かしたい。
ってことで今日はそんな脳内談義の議事録を、以下つらつらとまとめます。
1秒で勉強が開始できる環境づくりへ。
めんどくさい気持ちが上回った最たる理由は、環境を勉強モードにしておくことを怠っていたせいである。
学習に使う場所も、やる単元も、時間も、筆記用具も、決めても出してもいない。そんな状態で勉強、できるかいっ。
だから早速、どこで勉強するかも決めて、そこにペンもテキストも放り投げておいた。また、付箋を使い、この正月の目標もさっさと決めておいた。これでOK。
ふと思ったが、とりあえず自習室には来るが、何をするかを決めてない生徒って、割といるよな、と。
そういうヤツらほど、早々に飽きて手遊びをし、周囲に迷惑をかけてしまうのだ。だが、大人にだって難しいこの自制心を求めるのも、なかなかに酷だ。
ってことで近く、自習室に問題集が突っ込まれた本棚か、週替わりの強化プリントでも置いておこうかなと考えている。(例えば【相似】強化週間!みたいな)
最悪手ぶらで来ても勉強を秒で開始できるシステム、設計するに値する価値はあると思うのだが、どうだろう。
目的なき努力は続くわけが無い。
今日の反省もう1つは、学習の目的を決めていなかったことだ。つまり、「何のためにこれをするのか」が明確に定まっていなかったという話。
人によって違うだろうが、僕は思い付きで努力を継続することがどうしても無理なのだ。「もっと楽な方法、あるんじゃね?」という方に意識が反れてしまうからだ。
そういう自分の偏屈さを認識していたはずなのに、この体たらく・・。いやはや、反省ものである。
そこでふと閃いたのが、例えば「試験範囲予想範囲表」の作成だ。大体この辺までが例年試験に出てますよという紹介、それを掲示物として貼っておくのだ。
すると、「歴史ヤバそうだ、やっとくか」といった目的を、その場でこさえることが可能になる。学習する理由ができるのだ。
これは試作品を打つに値するんじゃなかろうか?ちょっと理系講師の協力を得て、早速仕事始めのタイミングでやってみようと思いモス。
終わりに。
勉強に必要なのは、やはり何より、一定して学習を進め続けられる環境づくりだなと思わされる。
白状すると、人生で一番勉強してる手応えがなかったのは、大学でのそれだ。思い返せば、それに投資する時間や金がどう戻ってくるか、ピンと来なかったせいだと思う。
大学受験に必要な学習は、直接的に将来役に立ちそうもないと感じつつも、「大学に入れること」が強い目的になっていたから、勉強を続けることができた。
それくらい、ひっくるめれば環境が持つ力は、正にも負にも強いのだ。
ってことで、無事にアイデアへと昇華したところで、今日はこの辺で。