精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

【同業者向け】学生講師に人気を取らせないと、塾は詰む説。

悪事千里を走るという諺の正確性に、最近ゾクゾクしています。中元です。

 

はい。今日の記事は、大昔に書いた記事の【2.0】版みたいな内容である。

jukukoshinohibi.hatenadiary.com

 

この記事を書いてからも、生徒が大学生講師に抵抗を示す場面を何度か見ることがあった。この現象は結構普遍的なようだ。

 

その理由を問いただすと、単にわからないものが怖いという、コンフォートゾーンという言葉で説明がつく類のものだったのだが。

 

さて。そういう様子を見てきたのと、そして最近ある怖い実例ができたのとで、僕はやはり、学生講師に人気を取らせないと、塾は詰むと確信するようになった。

 

今日はそんなお話である。

 

 

カリスマは、やっぱり要らない。

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まずは、怖い実例の方から書くことにしよう。とある職人気質が強い講師がいるのだが、その人は抜群に授業が上手く、確かに生徒からのウケもよかった。

 

ただしその気質もあってか、ワンマンでの運営を良しとして、大学生講師を校舎に入れることを、頑なに拒むようなところもあったわけで。

 

―すると、その人が段々と年齢を重ねるにつれて、授業の上手さはさておき、その人気に翳りが出てきたのだ。

 

例えば、おじさんに女子生徒が近づかないのと同じである。結果、校舎の規模は次第に縮小し、気づけばこじんまりした個人塾の規模になりましたとさ。

 

こういう現象は、下手すれば10年くらいかけて進むものであり、意識しても防げない可能性が非常に高いと考えた方が良い。

 

なぜかと言うと、自分が人気を取っている状況をよくないと考えることなんて、普通はできないからだ。むしろ歓迎すべきとさえ思う人もいるし、普通そうだ。

 

そして自分がなんでもできる、自分がやった方が良い、自分より劣る人間に任せることなどできないといった風に、そのメンタルが凝り固まっていき・・・

 

気付けばさながらビッグクランチの如く、ある点から一気に縮小が始まるのだ。そんな実例、探せばゴロゴロある。

 

そういうことを知ってしまったので、僕は自分が人気を取ることについて、元々さほど興無かったのだが、もはや完全に興味がなくなっている

 

むしろ、オッサン化していく自分が人気を失っていくのは当然であり、その役目はさっさと別の人間にパスする方が正解だと今は考えている状態だ。

 

例えは微妙だが、現象の中身としては、グラビアアイドルがいつまでも現役でいられないのにすごく似ている。それを見越して動かない方が、言っちゃえば愚かだなと。

 

だからこそ僕は、【授業】をはじめとする大学生でもできるものをバンバン渡し、その一方でミスが出ないようフォローする方に仕事を切り替えているという感じだ。

 

講師という仕事は人気商売であるが故、一人一人に消費期限が存在する。そして、自分より人気を取ってくる講師が何人いるかが、校舎長の腕前を決める。

 

僕はそれくらい大事に捉えているのだが、どう思われるだろうか。

 

勝手に仲良くなんて、ならないよ。

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で、ここからは実体験の話。基本、生徒が自ら大学生講師に声をかけてキャッキャする場面など、期待しない方が良い

 

よほど年の離れた兄弟がいれば抵抗なくいくだろうが、そうでなければお互いにある種未知の生き物だからだ。

 

つまり、「大学生講師なぁ~」という意見は、「あなたの授業の方が好き!」なんて能天気な意味じゃなく、単に「知らない人に教わるのは怖いなぁ」という話なのだ。

 

だからこそ、この2つを繋ぐ施策が必要になる。では何をするのかだが、僕が試してみて、多少は盛り上がった心掛けを紹介する。

 

まずは、積極的に生徒と講師の間に立って話を盛り上げたり繋げたりと、司会としての役割を果たして雑談に興じるのは、決してサボりでもなんでもない

 

意識したいのは、生徒と講師の間に共通点を見つけることだ。例えば部活、苦手教科、志望校、出身校、趣味、ハマってることなどなど。いくらでも項目はある。

 

その流れで質問対応などに持っていければ、講師と生徒に繋がりができる。テスト前の単発個別授業などのオファーも出しやすくなり、人選のゆとりも生まれるのだ。

 

もちろん度が過ぎたときにくぎを刺す必要もあるのだが、基本そっちの方がレアだ。面倒くさがらず、間に立って話を繋ごう。

 

また、時折意識して、集団自習教室のような時間を設け、そこに非常勤講師を参加させるようにもしている。結構これも、ウケがいい。

 

やはり間違ったことを言わない、教えてくれるという安心・安全は、実際に示さないと腑に落ちないようである。

 

もちろん次善策として、わざと多くの生徒の目につくところで質問対応をしてもらうなど、このあたりの機会を生む工夫は僕なりに入れている。

 

逆に言えば、それくらいやらないとなかなか詰まらないのが距離感なのだ。この難しさ、本当にひしひしと感じている。

 

終わりに。

 

人気講師というと響きは良いが、それにもいずれ限界が来る。そんなものは前提だ。悲しい話でもなんでもなく、ただの摂理である。

 

それが理由なのか、やはり年を取ってくると、指導の第一線からは引く方が多い。その代わり、楽しく周りの人が授業できるよう、尽力している印象だ。

 

はっきりと僕もそう感じており、だからこそ、自分に対し【引退】というメッセージを常に当て続けているともいえる。まぁ、デカい口なんですがね。

 

ってことで今日はこの辺で。

 

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