遂に最近、揚げ物全般の満足度が急降下し始めました。もうずっとローファットでいいや。中元です。
はい。もういい年なので、そろそろ直さないといけないというか、コントロールできないとマズいよなと思う、自分の気質がある。それは、"せっかち"であることだ。
特に、何かしらの仕事の依頼を出した際、その返事を待っている間は、何も意識していないとすぐにカリカリしてきて厄介だ。
「俺のことないがしろにしてんのか?」といったネガティブな妄想もよく立ち込めるので、自分自身、本当によろしくないよなと課題に感じる一面である。
―だが、そんなことを数年前から自覚しつつも、ではじっくりと腰を据えてその気質を分析したか、観察したかと言われれば、多分一回も、時間を取ったことさえ無い。
そりゃぁ、他力本願にも程がある。現実は基本的に、手を打たなければ、自分が最もなってほしくない姿を象るものだ。
ちょうど今、差し当たって急いでいることは何にもない。つまり暇だ。ならば、思索にちょうどいいではないか。
ってことで、「返事を待ってるとイライラしてくる病」と勝手に名付けた病について、年代問わず普遍的なヒントになりそうなことを、記事にまとめておく次第である。
まずはラベリングから。
感情というものは本当に掴みどころがない。最近僕も自分なりに勉強を始めたが、1つ新しいことを知ると、2つ以上謎が増えるような感じで、手応えがない。
それでもまずは、感情をきちんと言葉にすることから全てが始まるような気がしている。自分が胸の内に抱いている感情は何か、具体的にしてみよう。
すぐに引っ掛かったのだが、「焦り」とは、基本感情で言えば、どれになるのだろうか。ここでいう基本感情とは、プルチックの感情の輪の、色がある部分である。
http://wingsheart.sunnyday.jp/2020/11/19/pultchik/
そこで、他の人は【焦り】をどんな感情だと考えているのか調べてみた。そして個人的に一番しっくり来たのは、「不安と恐怖の間」という解釈だ。
確かに【焦り】には、不確定な将来に対する不安もあるし、かつ大抵はすぐ先の未来に関する話なので、現在起きていることに抱く恐怖という性質も帯びる。
LINEの返事がこなかったらどうすればいいかという不安。仕事が滞ったら予想できるトラブルという恐怖。この2つが両方満たす部分が【焦り】だと思えば、腹落ちする。
つまり、この【焦り】への対処法とは、【不安や恐怖】に対する対処法と似ている、あるいはそもそも同じと考えることができそうだ。
考えが一歩前進した。ではここから、具体的に、「返事を待ってるとイライラしてくる病」への立ち向かい方を考えていく。
輪郭を与えて、手を打ったら、受け流す。
不安や恐怖をどう乗りこなすか。それを考えたら頭に浮かんだのは、↑の本に書かれていた手法である。
よく考えれば【創造】とは、不確定で不安なプロセスが、完成までずっと付きまとうものだと思う。完成イラストのないジグソーを組んでいくようなものではなかろうか。
そんな過酷な状況下で、そういったネガティブな感情に潰されず、むしろ作品作りに生かすため、彼らはどんな手法を使っているのか。
それは、【メンタルモデル】というものだった。今目の前で起きている事象を、別のイメージに置き換えて解釈することで、漠然とした不安に形を与えてしまうのだ。
例えば僕の場合、指示や依頼を出してから、返事が来るまでの時間は、将棋の対局で、相手の一手を待っている状況に似ていると捉えている。
もしそうだとすれば、相手の出方を待っている間、ただ不安なことばかり考えて潰されるようでは棋士失格である。間違っても、満点回答ではないだろう。
では、この場合将棋だと、どう考えるのが正解だろうか?鉄板なのは、次の手をパターン別に予測し、それぞれの場合を考えて先回りして備えることだと思う。
その考え方を、今度は実際に起きているケースに応用すると、結局は同じことだとすぐ納得する。考えられる次善策を数個用意しておけばいいのだ。
1時間経っても返事が無ければ催促する。この時間を超えたら電話を入れる。連絡がつかなかった場合に備えて、もう1~2人にも同時並行で指示を出す、等など。
ただ、対局においても現実においても、予想外の返しが来ることも多い。むしろ、想像通りに行く方がレアケースだ。
この場合は改めて、「こういうシチュエーションに変わったが、ではどうするか」と改めて問い直して、考えねばならない。しかし、つまりはその繰り返しだ。
この部分にネガティブな感情を入れるのも考え物と言える。「おぉ、そう来たか」と楽しむ気持ちを持とうと心掛けたり、新鮮に面白いと感じるくらいがちょうどいい。
そしてある程度手を考えた後は、他のことを考えるなり、いっそ何も考えず、呼吸か何かに意識を向けながら頭をぼーっとさせるのもよさそうである。
メンタルモデルで不安を形にしたら、手をいくつか考えて、後は待つ。皆様も自分なりに、しっくりくるモデルを考えてみてほしい。
終わりに:つまり僕はどうするか。
感情を消すことはできないが、知識として勉強していくことで、ある程度は狙って制御することは可能になると思う。場合によっては活用さえできるだろう。
例えば、悲しい気分の時は、細かい作業の質が高まるという。ならば、繊細な確認が要される仕事の前には、気が滅入るストーリーに触れればいい、という風に。
だから僕も、「返事を待ってるとイライラしてくる病」について、治すのではなく、解釈を変えて武器にする方向へ持っていけたらなと、今は考えている。
不安や恐怖は準備を促す。後は、どこまで準備をしたらOKかというラインを設定すれば、それで一旦は整うだろう。
感情を排したタフな決断をするのに必要なのは、意志ではなく、ルールや線引きである。それらを作るためには、ある程度の知識と経験が必要なんだけれども。
とりあえず僕の場合は、【焦り】を感じたら次善策を3つ用意し、それが済んだら他の作業をするというやり方を続けてみようと思う。
他の塾や学校の現場はどうか知らないが、地方の教育業界は割とまだ根っこが保守的であり、変革を急ぐとイライラする場面は割と多い。
それを考えても、「焦らない、焦らない。一休み、一休み。」という言葉は、思った以上に深い意味を持っているのではないかと思えてくる。
だがこれ以上はもはやただの脱線なので、ここで留めておこう。気付けば3000字に届いているしなー。
・・いやぁ、いい暇つぶしになった。
皆様も時折暇な時間に、意識して自分の感情に向き合ってみてはいかがだろうか。ということで今日はこの辺で。