精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

昔から「ドラマ」が苦手なので、その理由を言語化する。

別に隠していたわけでもないのだが、あまり周囲から同意を得ない、苦手なものがある。それはドラマだ。特に生身の人間が演じるドラマが、昔から苦手で仕方がない。

 

その理由は、観ているとどんどんしんどくなるからだ。特に主人公を始めとする登場人物が胸糞で悲惨な目に遭っているシーンで、そうなる。

 

もちろん物語の型を考えると、ある意味悲惨なイベントは、その後のエンドの良さに寄与する非常に大切なファクターだ。だからそれが無いドラマは、大抵つまらない。

 

しかし・・・登場人物がハードな苦境に苦しむ姿を見ると、たとえそれがフィクションだと割り切っても、しばらく嫌な気持ちが僕に生じて、飯も美味くなくなってしまう

 

余談だが、僕の家族は僕を除いて、ドラマが大好きだ。いつリビングに降りても、何かしらのドラマを観ていたものだ。それゆえ僕はいつしか、リビングが嫌いになった

 

今も家族団らんということで一室に集まることがあまりないのは、皆テレビドラマを観ているからで、寛ぎと真逆の環境に身を置くのがキツいから、である。

 

このヘンな感受性の強さは、記憶に在る限り「ごくせん」が全盛期の頃から自覚しており、クラスにおける面白いドラマの話題には、ちっともついていけなかったものだ。

 

でだ。実はこのシンドさを自覚してはいるが、そういえばあまり言語化したことが無いことに気が付いた。これはある意味、また内省を通じて自己理解を深める好機だ。

 

今日はそんな自己観察の記録を、なんかのヒントになればいいと思うので、しっかりと残しておく。

 

 

気持ちが判り過ぎるという弱点。

www.shinagawa-mental.com

 

このしんどさを無工夫で検索すると、大体同じ用語に行きつく。それは「エンパス」と呼ばれるものだ。

 

簡単に言えば、桁外れに空気を読む力のことらしい。目に見えない相手の感情にまで思いを馳せて、大抵はその辛さを増幅させて受信し、結果心にダメージを受ける、と。

 

僕自身、自分のことをむしろ鈍感だと思っていたのですごく意外なのだが、その定義や一例をしげしげと眺めると、確かに、自分に当てはまるなぁと強く思えてくる

 

<エンパスの特徴>


相手に合わせるのが得意


人の話を聞いていると、自分の感情が相手と混ざり合って分からなくなる


他人の悩みを自分のことのように感じて一緒に悩む


体調の悪い人と一緒にいると、同じ症状で苦しむので病院が苦手


「あなたはどうしたいの?」と聞かれても、自分の本心が分からない


人の話を聞いていると、まるで実体験のようなデジャヴを感じる


他人の嘘が分かる


自分でも気づかぬうちに、他人の隠された意図を汲んで行動してしまう


相手が何も言わなくても、本音に勘づく


残酷なニュースは、つらくて見られない


悪口を聞いているだけで具合が悪くなる


人が怒られていると、自分が怒られているようにつらい


犬や猫など、ペットの気持ちが何となくわかる


他人や霊的なものに影響され、自分の感情が動いてしまう


土地や場所などの悪いエネルギーを受け取ってしまう


一緒にいる人に似ていく。自分が変わっていく


相手の気持ちや考えを想像するあまり、思い込みや勘違いをよくする


小さな物音で起きるほど眠りが浅い


人混みや満員電車が苦手 など

 

エンパス(empath)とは?~共感力が高いがためにうつ病になりやすい?~|心療内科・精神科|うつ病治療の品川メンタルクリニック

 

・・・太字は、僕に当てはまると感じるアレコレだ。なんというか、僕の日常生活を監視していた人が書いたレポートのように、マジで大抵当てはまっている。

 

例えば、友人の本心は何かというのを、言葉、リアクション、これまでのデータから推察するのは、割と得意だ。もちろん決めつけにならないよう注意しているが。

 

ふと時計を見れば、退屈しているサイン。話を膨らませなければ、その話題に興味がない証。そういう一つ一つの無意識の所作に、我ながらよく気付くタイプである。

 

そうやって会話を乗り切るので、腹の内で何を考えているかわからないと言われることも、無いことは無い。そして性質が悪いことに、僕も解っているわけではない

 

相手に合わせること、その所作から本心を汲み取ることが、デフォルト設定されているのだと思う。そして実際、実は喜怒哀楽も、割と簡単に受信する。

 

ただしネガティブ感情は、いわゆるポジティブ感情の数倍強く受信するため、正直人混みに居ればいるほど、疲れてしまう。

 

しかしこれらはいずれも、表面をなぞっただけの分析に過ぎない。エンパス発動時の僕の胸の内は、果たしてどうなっているか、真剣に考えたことは無い。

 

ということでここからは、いつも通りプルチックの感情の輪を参照しながら、感情自体を紐解いていこうと思う。

 

エンパスとは何の感情か?

https://mentalcare-lab.com/plutchik/


プルチックの感情の輪を見ていると、僕の「上手く言葉にできないけど、なんか辛くてしんどい気持ち」には、【悲しみ・嫌悪・怒り】が入っているように思える。

 

もちろんその”どれか”という単純な話では無くて、その”どれも”が含まれている。だから続いては、それぞれの混合感情を見ていこう。

 

まずは隣同士の感情が混ざるとどうなるか。【嫌悪】を起点とすると、以下のようになる。

 

後悔・自責の念=悲しみ+嫌悪


侮辱・軽蔑 = 嫌悪+怒り

 

・・なんというか、どちらも少しズレている気がしている。だから今度は、悲しみと怒りの混合感情を調べてみた。

 

羨望・嫉妬 = 悲しみ+怒り

 

・・・ううむ、これも違うなぁ。となれば前提がおかしいと疑った方が良いのかもしれない。実はこれは、純粋な【悲しみ・嫌悪・怒り】のどれかなのではないか。

 

ここですごく気になるのが、先ほどURLを載せたサイトに書かれていた、【嫌悪】の説明だ。

 

嫌悪は他者と自己を対象に抱く感情が主なものとなります。

 

他者に抱く感情は自己との相違と類似による反応ですが、これは防衛機制の抑圧した心理の投影が働いていると予測されます。

 

他者嫌悪は相手への嫉み、相手の傲慢さ、自己中心的な面、主張過剰さに反応しています。自己嫌悪は自分に嫌気を指し、憂鬱になっている状態です。

 

これは自己をうとんじることや後悔、劣等感、自信喪失を感じています。

 

背景には完全主義者で競争心が強くプライドが高いことが多く、価値観などの認知バイアスが関係しています。

 

プルチックの感情の輪から、本当の感情を突き止める | Page 2 of 2

 

また新しい言葉に出会った。防衛機能が抑制した心理の投影とは何だ?この言葉を知ることが、僕自身のエンパスが隠している事柄を明確にしてくれるのだろうか。

 

ということで投影について調べてみたが、どれもこれもしっくりこない。悲惨な目に遭うキャラと僕自身を同一視している気もしなくもないが、遠からず近からず、だ。

saikolodsm.com

 

ならいっそ、答えをストレートに探してみることにする。「エンパス 感情」というワードで検索してみるのだ。すると、実はエンパスにも種類があることを知った。

 

その中でも特に、【感情ワンネス型】の解説と具体例に、すごく腹落ち感を抱いている。

 

4.感情ワンネス型/相手の感情を読み取り同調する能力

 


相手の感情が自分にも波及する。感情直感型は外からの知覚ですが、感情ワンネスは身体ワンネスと同じように自分の内側で同じように体験します。


ただ単に同調や迎合することではなく、身体の内側で同じ感情を感じてしまうのです。

 

エンパスだと気付いていなければ、それが自分の感情なのか相手の感情なのか判断することができず、感情に振り回されることもあるでしょう。


本人にとっても非常に面倒でしょう。

 

たとえば
●疲れ切ったサラリーマン
●喧嘩をしている若者
●幸せなカップルを恨めしそうに見ている人
●配偶者を亡くして悲しむ友人の心情を同じように感じて、自分も辛く悲しくなります。

 

その反対に、喜びの絶頂にある感情を感じると自分も幸福感を味わえます。

 

人ごみやパーティーなどでぐったり疲れてしまう人は、このタイプかもしれません。

人の感情に振り回されたり、エネルギーを吸い取られてしまうと感じることもあるでしょう。

 

その場合は、これから能力を上手くコントロールしていくことで、身を守っていかなくてはなりません。

 

満員電車やショッピングモールなど、人ごみには、さまざまな思念が飛び交っています。

 

意味もなく憤りを感じたり、急にしょんぼりしたり、その感情はジェットコースターのようです。

 

自分の想いなのか、人のものなのか切り分けないと、一時的に憑依されたようになります。

 

cocorofair.jp

 

同調や迎合を超えた共感。似たようなレベルの話がブラックジャックに書いてあった気がするが、それに近い”怖さ”を僕は感じてしまう

 

そしてこの感情ワンネス型のエンパスであるという仮説に立ってみると、僕が取り組むべき施策・対処法も、具体的なものがいくらか見えてきた。

 

それは意外な話なのだが、たとえ集団の中に居ようが、誰かとの会話の席だろうが、他者の心中ではなく自分の感情をしっかり見つめることらしい。

 

言われてみれば、共感とは相手の心についての深い観察と、それによって推察される感情を自分の内に生じさせることだと言える。

 

だから第一歩として、キャラクターでもなんでも、他者の心中の推察を意識的にカットすることが大事なのだ。これ自体は納得だ。

 

これは僕の感情なのか、それとも僕が勝手に推測している他者の感情なのか。自分の内にしんどさが浮かぶたびに、何度も自問自答しなければならないことだと思う。

 

努力して他人の気持ちを分かろうとする人の逆、努力して僕は、他者の感情と自分の感情を切り分ける必要があるということか。

 

ただ悲しいかな、その人が”本当は”何を感じているかなど、永遠にわかりやしない。だから僕は、大体最悪の感情を想像し、それよりはマシという結果を狙ってしまう。

 

ここで、ハッとした。最悪のケースを想定し、それを相手に当てはめることは、実は防衛機能の投影の一例だった。

 

つまり僕は、感情ワンネス型インパスをベースとして、最悪のケースという投影を常に他者に行いながらコミュニケーションを図る、くそ面倒なヤツということになる。

 

九尾の妖狐ではないが、僕は自分の内にある強大な何かをまるで制御できていない。思えばよく、高校3年間とか耐えられたもんだ。不登校になってもおかしくない。

 

色々調べてみたが、この常時発動している謎の共感力を制御するには結局、防御と浄化(回復)の術を身に着けるしかないというのが実情であった。

 

まずは自分の内に生じる感情を、乱暴に言えば妄想・他人のそれ・自分の感情・本心と言った風に都度ラベリングし、前者2つを意識的に切り離していく

 

ここでふと気付いたが、僕は勝手すぎる他人の感情の推察を行っている際、脳内で「だろうな」という語尾が付く。それを手掛かりにして、冷静に手放していく感じだ。

 

一方不思議なもので、自分自身が本当に思っていることは、すぐすぐには言語化ができないという特徴があることにも気が付いた。

 

観察を続ければ、まだまだ具体的に掘り下げていけるだろう。この過度な共感は確かに弱点もあるが、使い方次第で何かしらの武器へと昇華できるはずだ。

 

実際、エンパスであることに悩んできて、それを克服できた人の中には、真の意味で寄り添えるカウンセラーになった人もいる。

 

だから僕に足りないのはつまり、理解と努力、この2つなのだ。まぁだからといって、胸糞シーンが多い漫画やドラマを観ようとはつゆほども思わないのだけど。

 

もう少しくらい、小説の読解をするような気持ちで世界を見れれば良いのにな。そんなことを願いながら、今日はこの辺で終わりとする。

 

 

にほんブログ村 教育ブログへ
にほんブログ村 にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ
にほんブログ村 ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村