精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

【主要五科目の深い知識】より、【浅く広いトリビアな知識】の方が身を助ける・・かも。

小さい頃は『欠陥』だと思っていたが、今はむしろ長所と思っている、僕自身の性格がある。

 

それは、『熱しやすく冷めやすい』というモノだ。

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割と大体なんにでも興味を持つが、その熱は周りが引くほど早く冷める。よほどハマらない限り、年単位で首尾一貫した行動が超苦手である。

 

―だが、こうして自分の興味が赴くまま、あらゆる知識を【広く浅く】得たことは、確実に今に活きている

 

むしろ、主要五科目(国数英理社)の成績が頭打ちになるのは、『トリビアな知識』がほとんどない『超真面目』だからじゃないかとさえ勘ぐってしまう。

 

そこで今日は、『トリビアな知識』を培うことのメリットを、ここに余すことなく書いてみる。

 

 

 

純粋に、『学ぶは楽しい』という感覚を得られる。

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僕が『雑多な知識を得る快感』を覚えたのは、このサイトである。

fleshwords.web.fc2.com

 

今は完全に更新が止まっているが、その時心躍らせたコンテンツは大量に残っている。時折見返しては、やっぱり『おもしれー』と思う。

 

特にハマったのは、『自分が知りたいと思ったことを実験する』コーナーであったり、

fleshwords.web.fc2.com

 

また、途方もない数を扱うコーナーであったり。

fleshwords.web.fc2.com

 

当時はトリビアの泉全盛期だったのもあり、僕はこういうまとめをザッピングすることで、一気に広く浅い知識を得られたと感じている。

 

不思議なもので、知れば知るほど、不思議と楽しいのだ。『へぇ』というのは冷笑ではなく、興奮の証

 

だが、子どもが知りたいことや面白いことを突き詰めるのは、内容によっては周りの大人が思い切りブレーキを掛けることもある。(ゲームとか漫画とか)

 

これはすごく勿体ない。『受験』や『義務教育』の範囲より外の知識が薄いと、断言するが段々と暗い影が落ちてくるようになる。

 

それはどういうことか。

 

多くの生徒を見ていてひしひしと感じるが、雑学に疎いほど、とにかく大事な『読解問題』に、とてつもなく弱い傾向にあるということだ。

 

以下、仔細。

 

ナメてはいけない『知識のバックボーン』。

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生徒に一人、僕の半分ほどの年齢なのに、べらぼうに英語が得意な生徒がいる。

 

基本単語は完璧で、文法も高卒レベルまで修了している。つまり、無敵モードだ。

 

だが、それでも『高校生』が読まされる長文は、かなりキツそうであった。理由は単純で、『書いてある内容』に一切馴染みがないためだ。

 

もちろん、陳腐な内容の説明文を、権威ある入試問題だのなんだのには使えないので、そのテーマは極めて抽象的なものが選ばれる。

 

ポストモダンとか、新資本主義とか、小腸に関する病気の説明とか、ぶっちゃけ僕もよくわからないようなそれら。

 

だが、救いはある。読み手に理解させる必要があるため、必ず『例え話』が使われるのだ。そこを読解すれば、一気に読み取りやすさは増す。

 

また英語であれば、意味不明な概念等は、必ず挿入句だので説明が加わる。それが無くても、脚注にあることもある。

 

しかし・・・。それらの蜘蛛の糸を掴み損ねれば、後は悲惨なものだ。


そして、その救いの手を握れるかどうかに関わるのが・・。僕はトリビアな知識』だと思えてならないのだ。

 

例え話は、作者の感性で決まる。要するに、どういった分野から引っ張ってくるかは、絶対に読めないのだ。

 

だがそれを受け止める可能性を高めることは出来る。そのためには、『ウンチク』と言われようがどうしようが、『トリビア』を仕入れ続ける必要がある。

 

そもそも、例え話うんぬんの前、つまり本文のテーマと自分の持っている知識に少しでもリンクがあれば、心理的な負担は大いに減る

 

本筋から離れているように見える『トリビア』だが、実は巡り巡って『主要五科目』の学習に還元できると言えそうだ。

 

では、そういった『トリビア』はどう学ぶべきか?

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まず念を押したいのだが、トリビアを知る』ことを『勉強』と考えない方が良い。絶対に早い段階で心が折れるからだ。

 

だから、取っ掛かりはどこまでも負担を減らすべきだ。分厚い本もノートも鉛筆も、絶対に要らない。

 

必要なのは、自分がすでに興味を持っている何かと、ネット環境。これだけだ。(ネットを使わせたくないなら、電子辞書がオススメ)

 

後は数珠つなぎに、本能の向くままリサーチをするだけだ。おススメパターンは以下の3通り。

 

①調べる→説明の中の知らない語句を調べる→その説明の中の・・エンドレス

 

②調べる→関連語句を調べる→その関連語句を・・エンドレス

 

③調べる→別の好きなものについて調べる→また別の・・エンドレス

 

という風に、放射状に知識を広げていく感覚が、個人的には一番オススメだ。尚、このシステムと完璧に合うのが、何を隠そうWikipediaである。

ja.wikipedia.org

 

その中でも特に学びが多いテーマならば、自学にまとめたり、他の人に話したりして、補強できれば最強と言える。

 

だがぶっちゃけ、本当にハマれば、そう言ったことは自然にやるものだ。やはり大人が出来るのは、『環境づくり』が限界かも。

 

僕自身、塾に本棚を作っているというのは書いたが、なるべく広いテーマを薄く網羅していて、かつ言葉が固くない本を選び、陳列している

 

猛烈に難しい話だが、『トリビア』の恩恵を知っている僕なので、粘り強く促している最中である。

 

終わりに。

 

取っ掛かりは本当に何でもいい。雑誌のフレーズ、攻略本の記載、昆虫図鑑のコラム。ソースが高尚である必要は、全くございません。

 

そこで得た広く浅い知識のネットワークは、思わぬ恩恵を僕らにもたらしてくれるのだ。

 

子どもに推奨するだけでなく、僕は皆さんにも推奨したい。

 

そんな提案をもって、今日は終わりとする。