秘孔・心霊台を突かれたかのように、昨日の夜は死んでました。中元です。
いよいよこの本も八週目に入り、だいぶがつがつ進んできた手ごたえがある。天動説と地動説、エーテルの有無、観測の限界・・。宇宙を取り巻く状況は思ったより劇的だ。
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そしてそろそろ、一番ホットな論戦が始まるはずなのだが、今はまだ観測の限界が進んでいる章であり、まだまだ有名なあの人も出てきてない。
つまり今までで一番終わりが見えていない段階なのだが、それは別に楽しみ長続きと同義と考えて、あまり深く気にしないことにしようっと。
ってことで以下、本編である。
- 3月14日(月) どこまでも、どこまでも
- 3月15日(火) 新たな謎
- 3月16日(水) 哲学VS科学
- 3月17日(木) 見えることの限界
- 3月18日(金) 巨大レンズに憑かれた男
- 3月19日(土) 宇宙は想像より大きいのか、小さいのか
- 3月20日(日) 叡智の限界点
3月14日(月) どこまでも、どこまでも
望遠鏡の精度はさらに高まっていき、遂にフリードリヒ・ヴィルヘルム・ベッセルという天文学者が、待望の”あるもの”を発見するに至った。
それは、視差だ。例えば右手の人差し指を立てた状態で腕を伸ばし、右目だけでそれを見てほしい。その後、左目だけでそれを見ると、一瞬でズレたように見える。
これと同じで、観測する場所がズレれば、見かけの場所が同じでも、位置がズレて見えるというのが視差のざっくりした説明である。
これが何に関係するのかというと、コペルニクスの時代にまでさかのぼるのだ。
仮に地動説が正しいのであれば、星の位置はいずれズレて見えるはず。しかし、いつ見ても、星の位置は不変だ。だから地球は動いてない!!というわけ。
しかし実際には、視差はあった。単に、そのズレがあまりにも小さいせいで、肉眼で発見できるわけがなかったという話なのだ。
その誤差、先ほどの指の例で言えば、なんと腕の長さが30㎞あった際に発生するそれと同じらしい。そんなん、わかるわけないぜ。
しかしそれすらも、見えるようになった時代がやってきた。そしてここから、天文学も新たなステージへと進んでいくことになるのである。
3月15日(火) 新たな謎
ベッセル以前から、宇宙には雲のようなものがあると知られていた。そしてそれは、彗星とは別物であることも。
では、一体そういうのはいくつあるのだろうか?実は200年以上前に、それを数え上げた人もいる。シャルル・メシエという人だ。
発見されたそれらはメシエカタログなるリストにまとめられ、後世に伝わることになる。そして、ハーシェルの下に届くことにもなるのであった。
ハーシェルはそれを基に観測を深め、さらに膨大な数の星雲を発見することに成功した。そして結果、それは新たな謎を生むことになる。
これらは全て、天の川の内側にあるのか、外側にあるのか?
ついに人類が本格的に、宇宙の大きさを突き止めにかかるタイミングへ入っていくのであった。
3月16日(水) 哲学VS科学
宇宙は有限であるという理論に噛みついたのは、著名な哲学者・カントである。
「天の川の内側に全てがあるだと?全知全能の神が、有限の世界に全てを押し込めるわけないじゃないか!」的な主張であった。
つまり、新たな論争がここに来てまた始まることとなったのだが、この戦いもまた、決着をつけるために必要なのは、やはり観測であった。
3月17日(木) 見えることの限界
望遠鏡の技術はさらに進化し、前人未到の精度で、遥か彼方を観測できる人も現れ始めた。ウィリアム・パーソンズもその一人である。
結婚の関係で巨大な城を相続した彼は、その幸運も利用し、巨大な望遠鏡の造営と、天体観測に熱意を燃やすことになる。
そして彼はついに、【星雲】と呼ばれるものの、非常に鮮明な画像を見ることになるのだった。それは、単なるガスではなく、無数の星がちりばめられたものだった。
余談だが、それを見た時僕は、「わたパチ」というお菓子を思い出した。もう最近は売っていないらしいが、結構イメージはそっくりである。
ーだが、それ以外に特に進展はなく、ひたすらに観測精度を高める競争は、一種の停滞に入るのであった。
3月18日(金) 巨大レンズに憑かれた男
あらゆるものを見通す巨大な建造物は、時に人の心を奪い、そして狂わせるほどの魅力を纏うこともあるらしい。
ジョージ・ヘールもその一人で、彼は望遠鏡で宇宙を観ることに熱狂し、やがて神経をすり減らし、最後はサナトリウム暮らしにまでなったのだとか。
彼は世界最大の望遠鏡を、あらゆるところから資金を得て建造し、そしてそれによって、誰よりも遠い世界を、今までにないくらい鮮明に見た。
全然関係ないが、【風立ちぬ】のカプローニのセリフを思い出した。
「飛行機作りは美しくも呪われた夢だ。大空は皆、飲み込んでしまう」
みたいなヤツ。宇宙もまた、そうなのかもしれない。
3月19日(土) 宇宙は想像より大きいのか、小さいのか
ヘールが天体望遠鏡づくりに熱狂して燃え尽きた後も、あることはついに謎のままであった。
それは、星までの距離だ。具体的には、星雲や天の川までは、どれくらい遠くに離れているのかだったり、星雲と天の川はどっちの方が遠いのか、であったりだ。
これを実際に調べるには、まだまだ武器が少なすぎた。だからできることは、理論を戦わせることが精いっぱい、という具合。
実際にこれについて別々の立場からプレゼンを行った天文学者が二人いたようだが、結局は、「どっちが正しいかは後から証明されるの待ち」という話である。
そしてその武器は、登場をしばし待たねばならないのであった。
3月20日(日) 叡智の限界点
天の川、星雲、銀河。圧倒的スケールの話に到達し、遂に人類に手が出せる領域を超えたという人も現れ始めた。
もうここが限界であり、そういった神のエリアの事柄を知ることは、絶対にありえないと。科学者も哲学者も、どこか諦めムードが出始めたらしい。
しかし、最初期の天文学者が新たな技術を用いて太陽までの距離を出したように、ハーシェルが光の強さから星の距離を出したように、技術は常に日進月歩。
そしてついに、このエリアにも考えを届かせた人物が現れることになるのである。
では今週はこの辺で。