精神年齢9歳講師のブログ

"よいこ"から程遠い目線から、授業のネタ、講師としての日々、そしてたまには教育や子供について、真面目なことを基本毎日書いてます。

【満足度の低い説明】に共通する要素とはなにか? ―これらを避ければ、とりあえず及第点は取れます。

久しぶりにスーツのジャケットを取り出してみたら、あちこちほつれていました。貧乏くさすぎるので、近く修理に出します。中元です。

 

はい。最近、仕事の関係で、とある学校の説明会に言ってきた。まぁ、説明会にそんなん期待するなと言われればそれまでなのだが、正直、満足できなかった

 

元々人の話を聞くことが苦手な僕なので、最初から苦痛スタートだったのだが・・・。それを差し引いても、他の方の満足度も低めだったのでは、と思う。

 

それくらい色々と、もっと上手くやってほしかった、という感想を持ってしまったのが正直なところである。

 

とはいえ、そんな愚痴を書き並べたからなんだという話である。気付いたのは、満足度の低い説明にありがちな要素が、いくつもその時間に見受けられたことだ。

 

捻くれた解釈には違いないが、その要素が入れば入るほど、満足度が爆下がりしていくのを実感できたという意味では、勉強できるところはあったかもしれない。

 

やはり大切なのは、大失敗の要因だけは回避したうえで、成功を目指して試行錯誤を重ねるということだ。それは運動だろうが勉強だろうが授業だろうが、同じこと。

 

プロテクターを装備して、自転車に乗る練習を繰り返すようなものだ。大怪我だけは避けるようにしておけば、上達も早くなるし、無駄なダメージも減るのである。

 

ということで今日は、僕が、なかなかにつらたんだった説明会を通じて実感した、【満足度の低い説明】に共通することを、ここに書いておこうと思う。

 

皆様の説明作りに活かしてみてほしい。ではいこう。

 

 

リハーサル不足。


実際のところはどうか知らないが、全体を通じて強く感じてしまったのは、リハーサル不足である。要するに、防げたミスや不具合がそのままに、本番が進んだのだ。

 

例えば、マイクの音量は始終小さくて、声はほぼ聞こえなかった。スクリーンに映された画は、明るさに負けてよく見えなかった。

 

また、イスしか用意されてなかったため、資料を開きながらメモを取るという作業が非常に難しく、無駄に精神力をすり減らしてしまった。

 

これらはいずれも、前年度からの引継ぎや、実際に通しのリハを行うことで気づける項目ではないかと思う。準備に回す時間がないほど多忙だったのだろうか。

 

正直、オンラインで説明会をやってくれれば、上記のネックな箇所は、それだけで全て防げる。講演や説明とオンラインは、実は相性が抜群なのだ。

 

形式に対しても仮説を立てられるよう、自分も”なんとなく”やってることにこそ、意識的にならねばならないと改めて思った。

 

時間超過。

 

個人的に一番満足度が下がる項目はこれである。ちなみに今回は、25分程度、終了予定時刻から超過して説明会が終了となった。

 

終了予定時刻を設定するのなら、その時間内に終わらせることはマストという話は、どのプレゼン指南書にも書いてある話だ。

 

遅刻は説明をする側の時間を奪うが、超過は説明を聞く側の時間を一方的に奪っている。口を酸っぱくして、これはしてはならないと説く教員向けの本さえあるほどだ。

 

アドリブだと時間の調整は確かに難しいが、例えば残り10分の時点でこのスライドを喋っていれば時間通り、といった自分なりのポイントは、意識すれば作れなくもない。

 

手前味噌だが、僕は基本集団授業は全て、終了予定時刻の1分前に終わることを心掛けている。そして万が一超過すると、罪悪感で仕事に身が入らなくなる

 

もちろんやり過ぎたら、時間通り終わらせることが目的となってしまうために考え物だが、心掛けとしては皆様も今一度強く持った方がいいと思う。(僕もだが)

 

全体像が不透明。

 

これは僕自身も油断すればすぐ忘れるのだが、結構皆様の中でも盲点になっているのでは、と思う話だ。

 

授業でも講演でも説明でもなんでも、今から自分は何のテーマについて、大体どれくらいの尺を、どんな構成で話すのかがわからないものは、聞いていてかなり辛い

 

ゴールも中間地点もないマラソンを走るようなものなので、集中力は驚くほど早く消耗し、気付けば落書きに興じることとなる。

 

ちなみにこの話は、ADHDの生徒に話を聞かせるための基本テクとしてもよく紹介されている。今から何を、どの順番で、何分くらい喋るのかを可視化するのは大事なのだ。

 

プレゼンで言えば、テーマの要点(見出し)はスライドの2枚目、つまりタイトルの次に伝えるべき大切な点である。だからこそ、毎度意識する必要があるとみて間違いない。

 

―繰り返すが、これは僕自身も油断すればすぐに忘れてしまう。

 

それくらい、今から自分が話すテーマも、それに掛かる時間も、相手は知らないということに意識を向けるのは、難しいのだ。

 

テーマ、見出し、説明予定時間。これらを最初に言うだけでも全然違うので、ぜひ試してみてほしい。

 

ちなみに、こういった枠組みを作るのがそもそも難しいという人は、ステマだが以下の記事を読んで、【型】について思い巡らせてみてほしい。

jukukoshinohibi.hatenadiary.com

 

終わりに:ただし、”そもそも論”を忘れるべからず。

 

・・ということで、満足度の低い説明に共通する落とし穴を、ざっくりとまとめてみた。一応これらを回避すれば、説明も講演も、大事故にはならないだろう。

 

ただしそれには、ある前提が必要だ。それは、そもそもそのテーマに、自分が習熟していることである。

 

例えば上記の落とし穴全てを回避しても、僕は理科の説明をちゃんと乗り切る自信がない。インプットがまだまだ少ないからである。

 

こんな風に、テクネー的な話に終始して、地道にメソドス的な知識を頭に入れることを怠ってしまえば、中身が無い話を上手にできるだけ、という悲劇が待っている

 

良質なインプットを継続している人の説明は、多少型から外れていても面白い。逆もまたそう、なのである。

 

ということで、僕は満足したので、今日はこの辺で終わりとする。

 

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