精神年齢9歳講師のブログ

校舎での出来事、読んだ本、つまりインプットを全てアウトプットに変える実験場、的な。

あまりにも恥ずかしくて、まだ誰にも話したことのないコンプレックスの話。

ここに散々書き散らした通り、僕はコンプレックスの塊だ。だが30年も経てば、その大半がどうでもよくなり、「つまり個性」という一言で許せるようになっている。

 

そんな僕だが、今まで親しい友人含めて、一切誰にも告げず、語らず、言葉にもしてこなかった、最大のコンプレックスをまだ隠している


今日は別に何かがあったわけではないが、まだ誰にも話したことのないコンプレックスについて、この場を借りて晒したいと思う。

 

 

あれができない。

 

最大のコンプレックス。それは、相手の目を見て話すことができないというものだ。

 

元々薄々自覚していたが、ここ半年くらいで、急激にそのヤバさを痛感しつつある。

 

誰かと飯を食っているとき、一度も目を合わさないなんてのはザラだ。それでいてよく人の顔をまぁまぁ記憶できるなと、我ながら不思議に思うことがあるくらいだ。

 

そのことが結構恥ずかしい話だと気付いたのは、とある大学生がポツリとつぶやいた一言がきっかけである。

 

「私の学部、陰キャが多くて・・話してるとき、全然目が合わないんですよね」

 

・・・・・・・・・・・・・・。

 

「え?それが普通じゃないの?」と、僕はすごく驚いた。あははと笑っておいたが、内心は、つららで心臓を刺されたかのようなショックを感じていた。

 

世の中の普通というものは、目を見て話すこと、らしい。しかし僕はそれができない。正確に言うと、意識しないと、簡単に忘れてしまう動作の一つなのだ。

 

英語の動詞に-sを付けるのを忘れる感覚で、油断すると僕は、他人の目を見ないまま1時間でも2時間でも過ごしてしまう。そしてそれは、どうやらオカシイことらしいのだ。

 

・・・一体なぜ、僕は人の目を見ることができないのだろう。他者の意見を読む前に、まずは内省から始めるとする。

 

その原体験は多分高校の頃だ。2ちゃんねるのまとめ版に入り浸っていたせいで、僕の中にある固定観念が育まれてしまったのがそうだろうな、と。

 

それは、「好意が無い相手からの好意は全てキモいセクハラだと女は思っている」という感じの指摘だ。

 

そして僕は、「やっぱりそうなのか!」と、短絡的に合点してしまった記憶がある。

 

例えば、目を見れば「何見てんのよ!」とキモがられる。(※ただしイケメンは除く)というのが世の中の真理。

 

ならば、触らぬ神に祟りなし。そういうのもあって、僕は自分が思う危険な行為の一切を控えるようになったのでは、と納得している。

 

だから僕は、体育祭のフォークダンスについて、学校から強制されてセクハラさせられているようなものだという、申し訳なさと辛さと居た堪れなさを感じていた

 

本気で当日病欠してやろうかと、マジで結構悩みに悩んだものだ。最終的には出席したが、その日の記憶は全く残っていない。

 

実はその感覚は今でも持っており、男性と女性が持つ圧倒的な価値の違い(若さと年収のアレ)を思うにつけ、変に逆なでしないでおきたいという気持ちが強いのだ。

 

アメトーークで「女の子苦手芸人」という神回があったが、僕はそれを超えて、「女の子怖い」に括られそうである。(実際僕は多分アセクシャルで、かつ性嫌悪症持ちである)

 

じゃあ男は大丈夫なのかというと、男であっても、目を合わせるってことは意識しないと全くやらない。対女性というより、対人の部分にバグを抱えている気がしている。

 

・・・ただ、ここまでは内省の話だ。一度、観点を変えて考えよう。心理的・科学的にみたら、「人の目が見られない」ってのは、どういうことを表わしているのか

 

猛烈に嫌だったが、頑張って調べてみた。すると、なかなかに辛らつだけど、深い学びになりそうなヒントをたくさん見つけることができた。

 

てことで、項を変えて説明する。

 

「目を見ない人 対策」というパワーワード

 

調べてみていきなりパンチを食らったのが、「目を見ない人 対策」という検索候補だ。これはつまり、目を見ない人を迷惑がる人がそこそこいる証左である。

 

何を考えているかわからない、単にキョドってるように見えて困る、そんなところではないだろうか。ぶっちゃけ、そんなことはわかり切っている。

 

しかしそれでもめげずに掘り下げていくと、「目が見れない人」側の心理をこれでもかと言語化した分析に辿り着いた。あまりにもその通りで、引いたくらいである。

 

◆「目を見て話せない人の行動心理」◆
①「視線を送ると相手が不快な気分になると思い込んでいる」
②「行動が不自然になり、視線を避ける行動をとる」
③「相手の信頼を得れず、能力が低いと思い込んでいる」

 

「目を見て話せない人」◆HSPさんにもおススメ記事です◎心理・原因と3つの対策方法を紹介します◆|HSP心理カウンセラー じゅんさん

 

―まとめれば、他者への警戒と、自分に対する自信の無さの表れが、視線を合わせないという行動に出ている(潜在意識として隠れている)という話のようだ。納得。

 

最初に内省した時点で薄々感じていた闇と完全にリンクが見えて、いい加減な自省じゃなかったんだと少し嬉しく思った。

 

しかしながら、それ以上深めても、「目を見れない」ではなく「自信を持てない」というさらなる闇に突っ込んでいくばかりで、対症療法から遠ざかるばかりだった。

 

ということで、具体的な対策に限定すると、すごく拍子抜けしたのだが、たった2つのポイントさえ守っておけば超オッケーだとわかった。

 

それがこの2つ。

 

① 相手の目の付近を見ればOK

② 要点を伝えるときだけ目を見ればOK

 

つまり、会話をしていて、自分なりにここが大事だと思う箇所を話す際だけ、相手の目の付近をチラッと見れば、それで事足りる、というのが共通意見であった。

 

逆にやはり、ぢっと目をみると、単にキモイ、緊張する、過度にプレッシャーを与えるというネガティブな意見がずらずらと並ぶようだ

 

尚、目の付近とはどこか、というのは、割とオリジナリティを出しても大丈夫だという。実際、色々なアイデアが紹介されていた。

 

その一番人気は眉間であり、次点はおでこ、変わり種はその人の頭骨を想像する、なんてのもある。この辺で遊べたら、色々と楽しそうだ。

 

―ということで僕自身が最大と認めるコンプレックスについて2500字くらい書いてみたが、拍子抜けするくらい底が浅かった。なんだ、こんなもんか、と。

 

それはつまり僕が成長したってことなんだろうか。そう思った方が素敵なので、そう信じることにする。

 

では今日はこの辺で。

 

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