精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

「俺は授業でメシを食えない」・・・と心底納得した日の話。

ちょっと前に記事にしたこの話。結果が最近出たのだが、それを見てちょっと意外だなと思った。

jukukoshinohibi.hatenadiary.com

 

結果がまぁまぁズタボロだったからだ。もとより順位は気にしていなかったが、それでも「マジかい」という感想を持つようなランクではあった。

 

なぜ意外だったかというと、正直他の人のネタを見学したうえで、負けたと思う人はほぼ居なかったからだ。しかし、それは所詮自己評価。

 

他者から見た僕は、趣旨から見て、マッチしていなかったという証左。そう感じた。僕が思う完成は、他の人から見たら、ズレた何かだったということらしい。

 

いわば、M-1の舞台に落語で挑んだようなものだろうか。そう思えば、いくら完成度だけを追求しても何かが合っていないという感覚は、確かにある。

 

・・・しかしこの結果を受けて、僕の中で完全に腹落ちしたものがある。それこそが、「俺は授業でメシを食えない」という悟りだ。

 

今日はそれを咀嚼して、何か健全な今後の目標に昇華できるまで、うだうだと書いてみようと思う。

 

 

勝てないならもっと努力しようというフェーズは、とうに終わっている。

 

過去何度も記事にした通り、僕は自分の講師としての旬はとっくに終えたと思っている。

 

成長するにしてもそれは鈍化し、紙を1枚1枚載せるような積み重ねになるだろう、と。しかもその1枚を載せるための努力量は、高止まりすると感じている。

 

さらに言えば、ある種の諦観ではあるのだが、最近は自分がバリバリと生徒の成績を上げているという働き方が、そこまで心躍るものではなくなっている

 

それよりも、強い学習塾をどう創るか、生徒数をどう増やすか、売り上げをどう取っていくか、そういうマネジメント的な働き方の方が、ずっと楽しく思えているくらいだ。

 

正直、これを言うと怒られそうだが、授業をしている方がよっぽどラクではある。しかし、楽しいのはどちらかと言われれば、最近は二つ返事でマネジメントである。

 

会社はまだまだプレイヤーとして現場に立てという風に、僕のことを捉えているようだ。だが僕は、その風土に合った指導ができていないというネックがある。

 

それに合わせる努力の大きさを考えると、やはり何かが犠牲になる。組織の長を任されたのに、組織運営を犠牲にして自分の授業力を上げるべきか、否か。

 

もちろん積極的に無くしていこうという気はないのだが、だからといって貪欲に伸ばそうという気概も無い。そういう講師なので、やはり表舞台から降りるべきだろう

 

引退という二文字は頭では強く意識しているつもりだったが、厳然とある種の「ジャッジ」が出たことから、その意がこれ以上なく固くなった

 

タイミング的に、ただはぶてて自棄になっているだけと取られそうなので社内の人に言うつもりはないのだが、僕はあと最長でも2年で、今のポジションから退く

 

受け持つ授業をシビアに見極めて、自分じゃなくてもできると思うものをどんどんと外し、身軽になる。そしてゆくゆくは、現場に立つ比率を下げていく・・。

 

こういう風に、教務力云々より管理面どうこうに興味・意欲を持っている人間は、多分社内で僕だけではないかと思う。

 

ラクするために引退するのではない。ラクすることが目的であるなら、僕はひたすらに教える方がいい。だが、そうする自分にもう心が躍らない。

 

今回の査定は、もしかしたらこれを糧に、そこから這い上がれという発破だったのかもしれない。だが僕は、それで真逆の方向に悟りを得た

 

狭いコミュニティの中でも、僕より評価されている人たちが、山ほどいる。その事実に反発や奮起を抱くには、ちょっと年を取り過ぎたようだ。

 

講師なら同意を得るだろうが、自分がテストで点を取るより、生徒がテストで点を取る方が、何百倍も嬉しい。そしてそろそろその上の段階に、僕は行きたい。

 

僕の指導で生徒が点を取るより、講師が生徒の点を上げて喜んでいる姿を見ている方が、何千倍も嬉しい。この気持ちに嘘偽りは全くない。

 

引退と言えば寂しさがそこに乗るのだが、キャリアアップと言えば話は途端に前向きになる。今までの自分にサヨナラという話。

 

まずはどこから始めようか。そうだな、生徒に公言しよう。あと2年で、黒板の前に立つ働き方を引退するぞ、と。そうすればそこから、逆算が始まる。

 

強いチームを作る。どこよりも利益を得る。満足度としてぶっちぎる。なんだろう、心が躍る。生徒の全員が膝を打つ授業をしている自分の姿より、何百倍も、だ。

 

僕は今年、32歳となる。男は8の倍数でなんちゃらとかいう養命酒のCMがあったが、たまたまその節目の年に当たるようだ。スピリチュアルだが、すごく納得できる。

 

早速、ぼんやりとでもいいから、情報と実例を集めて、引退の道筋を作ることにしよう。迷いが消えたのは、本当に大きい。いい機会だった。

 

まぁ、これは主催者側からすれば一切意図してなかったことだろうけれど。

 

では今日はこの辺で。

 

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