精神年齢9歳講師のブログ

校舎での出来事、読んだ本、つまりインプットを全てアウトプットに変える実験場、的な。

論理的に文章を読むとはどういうことかを、すごく論理的に語れる人に、僕は憧れる。

最近、以下のYouTube動画を視聴して、すごく「なるほどなぁ」と思わされた。

www.youtube.com

 

「要約」という、文章なり発言なりの要点を論理的にまとめ直す作業。そのスキルは非常に大事であることには全く異論無いのだが、それはつまり何かを語るのは難しい

 

それに、論理的思考力とか、文章を体系的に読み解くとか、そんな言い回しはどこか厨二的だとも思う

 

嬉々としてそれらを語っていると、本当にわかっている人から「こいつ、よくわかってない」と思われそうである。だから慎重に構えている。

 

とはいえ、流石に右も左も分からないまま卒業論文を書いていた頃と比べると、「論理的ってこういうことか?」という感覚は、少しは得られてきている

 

今日はそれをお題に、僕の現在地をちゃちゃっと記事にしておく。

 

 

論理、それは型。それは建物。それは入れ物。

 

個人的に一番しっくりくる論理の比喩は、つまり【入れ物】としてみなすことである。佐渡島庸平氏は「型」と呼び、野矢茂樹氏は「建物」と呼んでいた。

 

物事を読み手にとってわかり易く伝える。そのためには、メッセージをどうやって組み立てていけばいいか。そのヒントを伝える例えとして、これはすごくしっくりくる。

 

確かに、論理的でない文章は、やはりすごくわかり辛い。個人的には、「つまり」「例えば」「しかし」のいずれも使われていない文章は、読みにくくて嫌いである。

 

わかり易いと感じる人の話し方と文章は、細かい違いは当然あるが、大枠ではほぼ同じである。型に習熟した結果があれだと思うと、とても納得できる。

 

だから何が言いたいかというと、論理とはセンスに頼る部分ももちろんあるが、本当に理解している人の教えをまずは知り、それを模倣することが王道だと思うのだ。

 

僕自身、高校の現代文の点が一番伸びた時期は、そのとき聴講していた講義で先生が使っていた方法を、主観を入れず我を捨てて、丁寧に真似をしていた記憶がある。

 

とはいえ、わかり易く論理を語る本には、僕自身なかなか出会えていない。結構意識的に探しているけど、本当に数えるほどしかない。

 

ただせっかくなので、それらを軽く紹介する。まずは【決断力】と【大局観】だ。羽生善治氏の著書だが、「論理的な文はこう!」というまさにお手本の文体が好きだ。

 

また、同じ感想は佐渡島庸平氏の著書を読んでいても感じた。書き言葉で書かれているのに、こんなにも染み込んでくるのか、本当に驚くほどである。

 

しかし、一番推したいのは、やはりこれだ。20年くらい前の本なのだが、そこに書かれている内容とコンセプトと完成度は、群を抜いていると、生意気だが思う。

ついこないだも多分5周目くらいの再読を終えたのだが、回せば回すほど、新しい発見が得られる。それはつまり、自分が成長しているということだろう。嬉しい話だ。

 

一応平易でポップな新作もあったのだが、僕はこれくらい武骨なスタイルの方が好きなので、単に好み重視で紹介しておく。

 

ということで、論理的に文章を読むとはどういうことかを、すごく論理的に語れる人に、僕は憧れる。

 

少しでも近付けられるように日々頑張りたい。今日は二日酔いでしんどいけどね。

 

では今日はこの辺で。

 

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