僕が高校の頃、化学基礎や物理基礎、生物基礎なんてものはなく、理科総合Bというよくわからない単元を学んでいた。
カタカナ、記号、よくわからない結合、結晶名、説明の無い「g」などの文字。その全てが嫌で、2年生からは生物を選択し、その世界からはとっとと手を引いた。
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今思えば、別にその選択を間違えたとは思っていないけど、数式を使って世界を見られていた人たちを羨ましく思う面もある。
そして今、14年くらいの期間を空けて、僕はそういった物理法則とかを学びたくなっている。ただし受験に使うわけではないので、エッセンスだけでいい。
この本にはそれが書かれている。そう納得しているので、多少タフでも読み切る所存である。
- 10月2日(月) 共鳴。
- 10月3日(火) 例え話は伝わるけど・・・・・・。
- 10月4日(水) 光とはなにか
- 10月5日(木) 二重スリット実験
- 10月6日(金) サンタさんがくれたもの
- 10月7日(土) 現在が過去を決定する
- 10月8日(日) 量子力学という魔の世界
10月2日(月) 共鳴。
原子の話からちょっと脱線するのだが、よく考えると何かと何かが相互理解に至り、強いエネルギーやシナジーを生むときは、「震える」的な言葉がよく使われる。
例えば「共鳴」「共振」といった言葉がそうではなかろうか。「波長が合う」とかも似た温度を感じる。高いエネルギーと振動は、地震という例を鑑みても、相性がイイ。
となれば、粒子も波も振動する以上、結局光とかその辺って、どっちなんだ問題にまた戻ってくる。
そしてそこを解く鍵となるのは、極めてミクロな世界の電磁とかなんかの動きを見る学問なのだという。段々と理解が及ばなくなってきた。
僕自身の理系的知識の素養は限界が近いのだが、歯を食いしばって読みたいと思う。生物学的な話は、入ってないのかなぁ。
10月3日(火) 例え話は伝わるけど・・・・・・。
粒子から粒子へエネルギーが伝わる過程は、さながらビリヤードのようなもの。なるほど、この説明はわかり易い。だが僕は、その本質が理解できない。難解だからだ。
例え話が秀逸な人は、相手に理解させる力に長けていると思う。だが、その本質を把握できるかどうかは、聴講者のその後の努力や素養、興味にかかっていると思わされる。
余談だがファインマン氏は、このモデルは別のこの例に似ている、となれば実際はこういう原則があるはずだと、具体例を逆に使う様な思考をするとどこかに書いていた。
似たような話で、人間原理というものもある。頭の使い方が縦横無尽な人は本当にかっこいいなと、僕は常々考えている。
10月4日(水) 光とはなにか
つまり光とは、粒子なのか、波なのか。ビリヤードのブレイクショットみたいな感じでエネルギーが伝播するのか、それとも波みたいに伝わっていくのか。
その結論は今のところ、どっちも、だという。すっきりしないが、それほど摩訶不思議な存在だといわれても、こと光に関しては納得してしまう。
アインシュタインは粒子を支持した。その通りの結果も出ている。しかし、波の性質を表す実験も存在する。
わかられることを徹底的に拒んでいるとしか思えない存在。僕にとっての光とは、希望と同時に、ある種の闇にさえ、感じられてくる。
10月5日(木) 二重スリット実験
二重スリット実験という、人類にはまだ早い結論が出てくる、何なら恐ろしいくらいの話がある。その概要は、上記の記事を読んで初めて、少しだけ腑に落ちた。
粒子の振る舞いが観測によって変化する。しかも見方によっては”時を超えている”としか思えないような結果にもなっているらしい。
僕らが感受している過去も現在も未来も超越しうる何かがあるかもしれないという証左。もはや理解が追い付かない。物理法則のほつれかなにかなのだろうか。
もちろん、僕にだって全く何を言っているのかチンプンカンプンだ。
だが、わからないこともまた幸せなのかもしれないと、二重スリット実験の摩訶不思議さを見て感じている。
10月6日(金) サンタさんがくれたもの
筆者を科学の世界、もとい量子力学の摩訶不思議な世界に誘ったのは、とある物理学者が書き下ろした話、「不思議の国のトムキンス」だという。
わかりやすいフィクションを通じて、あまりにも難解で奇妙奇天烈な世界を冒険する小話。こういうのに没頭する気持ち、すごく理解できる気がする。
余談だが、この作品の著者はジョージ・ガモフという。ビッグバン理論の創設に大いに貢献したあの人とここで繋がるとは、これまた一つの心躍る話である。
10月7日(土) 現在が過去を決定する
観測によってはじめて、複数の選択肢が一つに統合される。量子力学のめちゃくちゃな話を読みながら、うすぼんやりと、僕はそんなことを考えた。
過去を決めるのは現在であり、現在を決めるのは未来。少し哲学めいてきたが、この特性を考えると、人生に通ずるヒントが山盛りだという風に思わされる。
例えば受験勉強が分かりやすい。受かってしまえば、過去のきつかった日々はうっすら甘みを帯びてくるが、落ちれば時間の浪費に早変わりしてしまう。
しかしそんな日々も、受かった先で最悪の出会いや挫折を経験すれば、またくるっとオセロの白黒が変わるように変化する。
先のことは結局フラクタルだしカオスなのであり、今の成功は将来の繁栄を何一つ担保しない。人が謎と呼ぶものは、すべてこの辺に収れんするのだろうか。
すごく神話的な話になってきたが、頑張ってドロップアウトしないように読み進めたい。
10月8日(日) 量子力学という魔の世界
ある物理学を専攻する、未来に希望溢れる青年が、どんよりと落ち込んでいたのだという。誰かと死別したか?恋人と別れたか?才能ある青年だけに、教授は心配した。
しかしその理由は、まったくもって予想外のものだった。「量子力学を”理解”しようとした」ことが、彼の精神を蝕んだ・・という、都市伝説みたいな逸話が載っている。
いつぞやの記事でも引用したが、ファインマン氏も、「量子力学の世界にどっぷり浸かると、誰も戻ってこれない闇に落ちるぜ」的なことを語っている。
理解を拒み、常識を否定し、仮説をあざ笑うかのようにふるまう。そんなのに入れ込めば、精神の一つや二つは簡単に崩壊するのではないか。
理科とは一言で言えるのだが、そこに圧縮された情報を展開すればするほど、僕らは激流に飲まれて、謎の中に溺死する気しかしない。
―ということで今日はこの辺で。