僕は数学が苦手である。ただしそれは数学の話であって、算数は別。100マス計算は公文に行っていた別の同級生と同じくらい早かった。
当時はただただ、意味不明な記号と、謎の数学的思考というヤツが全く性に合わなくて、拒絶反応故に飲み込むことができなかった。それは今もちょっと残っている。
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ただ、丁寧に記号の意味を理解し、抽象が分からなくても具体例をいっぱい練習することで雰囲気を掴むと、ぼんやりと”数学”が分かってきた気がしている。
数式を通じて、元々は何を伝えたかったのか。どんな世界を、それこそパスカルやフェルマーは感じていたのか。
人間の脳にしか存在しない、いわばメタバース的な世界と取り扱う数学という学問。そしてそこで得た武器を用いて世界を解き明かす物理学。
20年前に知りたかった面白さだ。だがそれを20年前の僕に伝えることは叶わないので、別の誰かに伝えるべく、こうして記事にしていく次第だ。
では以下、本題である。
- 8月21日(月) ニュートンのやり方は人智を超える。
- 8月22日(火) 天才の挑戦を阻むカオス。
- 8月23日(水) カオス理論とはなにか。
- 8月24日(木) 続・カオス理論とはなにか。
- 8月25日(金) 「海鳥が羽ばたけば・・」
- 8月26日(土) 因数を増やせば増やすほど正確になるのか?
- 8月27日(日) 不正確な厳密性と正確な曖昧さ。
8月21日(月) ニュートンのやり方は人智を超える。
ニュートンの発見とアイデアにより、人々は自然界の動きを予測する術を手に入れた・・のだろうか?実はやはり、そうシンプルな話ではないようだ。
例えば気体。ゆらゆらと立ち上ってゆっくりと消えていくあの動きを、計算でシミュレートすることはできるのか。ニュートンの考えとしてはイエスだ。
イエスなのだが、そのために必要な計算が人智を超えている。気体を構成する粒子、その粒子に影響を及ぼす風速や気温、気圧・・。
その全てを因数としてブチ込まないと、正確な動きは弾き出せない。そして何より皮肉なのだが、そこまでして正確な値を出す必要はあるのか、という。
だから、大変過ぎて無理というところと、頑張ればイケるという閾値で悪戦苦闘する科学者たちが現れ始めた。
その研究の対象は天体で、先駆者は、ミレニアム懸賞問題にもその名を残す、アンリ・ポアンカレという人物である。
8月22日(火) 天才の挑戦を阻むカオス。
若きポアンカレは、国王オスカル2世の60歳の誕生日を記念して発表された懸賞問題に、果敢にも応募したことがある。
その内容は天体の動きに関する極めて難解なものであり、僕は1㎜も理解することができなかったのだが、その証明は先進的で、高く評価されたのだという。
しかしそこには数学的に厳密性を欠いたギャップがあり、それを指摘されたポアンカレは、与えられた時間の中でそれを修正することができなかった。
そのため出版や公表を差し止める手紙を送ったそうだが、それは間に合わず、不完全なままにそれは流布されることになったという。
―前提が少し変わるだけで、その結果が大きく変化し、予測がほぼ不可能になる。この一連の流れこそが、今後のカオス理論の始まりに繋がることになるのだった。
8月23日(水) カオス理論とはなにか。
https://www.vcssl.org/ja-jp/code/archive/0001/8000-vnano-lorenz-attractor/
ところで、カオス理論とはなにか。わかるようでわからない話なので、Chat-GPTにその具体例を聞いてみた。
もちろんです。カオス理論の一例として、有名な「ローレンツ方程式」を挙げてみましょう。これは、気象学の研究において提案された非線形の微分方程式です。
(中略)ここで、、、 は変数です。これらの方程式は、物理学者エドワード・ローレンツによって1963年に提案されました。この方程式は、対流による大気の運動をモデル化しようとしたもので、三つの変数 、、 が時間に従ってどのように変化するかを示しています。
ローレンツ方程式の特徴は、一見単純な形をしているにも関わらず、特定のパラメータ値に対しては非常に複雑な振る舞いを示すことです。特に、パラメータ 、、 の値を変えると、系の振る舞いが周期的な振動からカオス的な振る舞いへと移行することが観察されます。つまり、微小な初期条件の違いが時間が経つにつれて系の振る舞いに大きな違いをもたらすことがあります。
ローレンツ方程式はカオス理論の基本的な例とされ、初期条件やパラメータのわずかな変化が系の振る舞いにどのような影響を及ぼすかを理解する手助けとなっています。
ざっくりとした理解だが、最初の数値がほんの少しずれるだけで、結果が大幅に変わることを指すのがそれではないかと思う。
そのことが視覚的にわかり易いのが、三重振り子だ。これを見ていると、その挙動が全く予測できないことにすごく驚かされる。
計算による予測という人類の武器を徹底して拒むようなその動作に、惹かれないものがないわけではない。
8月24日(木) 続・カオス理論とはなにか。
カオス理論の発見はポアンカレによるものだとされるが、再発見はエドワード・ローレンツという研究者に功績が帰されるべきだという。
あるシミュレーションをコンピュータで行っていた際、小数点以下かなりの桁のところの数字を打ち間違えた(あるいはサボった)際、それが見つかったのだ。
極めて小さな数値の違いにも関わらず、最終的に弾き出された現象が、最初のそれと全く違ったのだ。カオス理論が再発見された瞬間だ。
微小な影響が、多大な結果の変化をもたらす。それもまた偶然の産物。セレンディピティのまた一つの好例だと言える。
8月25日(金) 「海鳥が羽ばたけば・・」
バタフライ効果という言葉がある。カオス理論に関する興味深い問いかけ(誇張はされているが)であり、Wikipediaにはこう紹介されている。
バタフライ効果(バタフライこうか、英: butterfly effect)は、力学系の状態にわずかな変化を与えると、そのわずかな変化が無かった場合とは、その後の系の状態が大きく異なってしまうという現象[1]。 カオス理論で扱うカオス運動の予測困難性、初期値鋭敏性を意味する標語的、寓意的な表現である[2]。 気象学者のエドワード・ローレンツによる、「蝶がはばたく程度の非常に小さな撹乱でも遠くの場所の気象に影響を与えるか?」という問い掛けと、もしそれが正しければ、観測誤差を無くすことができない限り、正確な長期予測は根本的に困難になる、という数値予報の研究から出てきた提言に由来する[3]。
蝶が羽ばたく程度の非常に小さな影響であっても、時間が経つにつれ、最終的に非常に大きな差異となって現れる。
ちょっと有名な話だが、最初は蝶じゃなくて海鳥だったそうだ。だが言わんとするところは全く同じ。
これこそまさにカオス理論的な考え方そのものであり、この特性が故、天気予報やスーパーコンピュータによるシミュレートが、現実のそれとどうしても狂いがちなのだ。
微差は無視できるのか?それともできないのか?1つの要素がその後に大きく変化してしまうという意味では、人生論にも通じる何かを僕はそこに感じてしまう。
例えばあの日に数学の問題を数問サボっていたら、僕は志望校に落ちていたのだろうか。
あるいは、受験勉強を半年早く始めていたら、もっと上のランクの大学に受かっていたのだろうか。
考えれば考える程、どうでもよくなる。カオスの追求ができる人は、生まれつき考えすぎることがクセづいて、それが大好きな人に限るのではないかと思わされる。
8月26日(土) 因数を増やせば増やすほど正確になるのか?
本来は巨大な連立方程式を解くように、たくさんの未知数を盛り込んだ式を用意する方が、正確に現実を表わせられるはずだ。
しかし面白いことに、どちらかと言えば、「大体」近いところを出してくれる数値を用意して、それで妥協する方が、精度の高い予測に繋がることもそこそこ多い。
無知ゆえに具体例が見つからないのだが、例えば時速30㎞で1時間進んだら30㎞先に居るはずだ、というざっくりした予測は、十分に満足だといえる。
しかし精度をさらに高めるため、信号機の数×信号機で停止する平均時間とか、左折や右折による減速とか、そういう要素を盛り込んだらどうなるか。死ぬほど面倒だ。
人間特有の「こんくらい」という考え方や着地点は、カオスを無意識に回避するための、本能の一つなのかもしれない。
8月27日(日) 不正確な厳密性と正確な曖昧さ。
厳密性を第一にして、得られるデータを全てブチ込んだ数式を立てると、それがカオス的性質を帯びてしまい、本来の精度を逸脱する。
一方、「大体こんくらいだろう」という経験則を基に予測をした方が、案外より正確なものを計算できたり、時にはそれで充分だったりする。
どこまでが曖昧過ぎて、どこからがカオスなのか。その境目はどこにあるのか。そこを探ってさりげなく提示するのが、数学者の仕事と言えるのかもしれない。
曖昧過ぎても厳密過ぎてもダメ。数学もそうなっているなんて、すごく面白い話である。
―ということで今日はこの辺で。