数学は苦手だが、数学者のドラマは不思議と心が惹かれる。僕が想像することすら叶わない抽象世界を探検し、未知の理論を打ち立てて、後世へ語り継がれる天才たち。
特に好きな数学者は何人かいるが、今回登場しているアラン・チューリングはその一人だ。【素数の音楽】でも登場したため、また別の側面を学べる好機である。
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第二次世界大戦の戦禍の裏で、亡命をしたり、裏で計画に関わったり、数学者と物理学者はこの時代、激動の中でその知恵を使い続けていたという。
難問と困難と悲劇と苦闘と天才。これらが揃ったドラマが陳腐なわけはない。面白さが担保されたドキュメンタリーは読んでいて嬉しい。
即ち今週も楽しみである。では以下、読んでいこう。
- 10月7日(月) 困難は分割せよ。
- 10月8日(火) 「いかに”読まない”か」
- 10月9日(水) エキセントリック教授。
- 10月10日(木) クロスカウンターの応酬。
- 10月11日(金) ボムの大群。
- 10月12日(土) 戦いはまだ終わらない。
- 10月13日(日) 緻密にして立体的な情報戦。
10月7日(月) 困難は分割せよ。
チューリングもまずは推論から入ったが、あまりにもランダムかつ可能性が天文学的な数字であることから、別の手が必要なのは明白であった。
ポーランド側が開発した手法に立ち返り、レプリカの挙動を分析し、そして彼は1つのヒントにたどり着く。
それは回転盤を別々に考えるというものだ。それが具体的に何を意味するかは僕には理解できなかったが……
中3の国語の教科書に出てくる「困難は分割せよ」という言葉を思い出す、そんなエピソードに感じられる。
10月8日(火) 「いかに”読まない”か」
組み合わせ、直感、経験、抽象思考、実験。様々な手法と思考を織り混ぜて、チューリングは数の暴力に立ち向かった。
宇宙の年齢など比べ物にならないほどの巨大な数。それを大幅に縮小し、人間が制覇できるものにまで弱めていく。
何かに似ていると思ったが、今気付いた。将棋のプロの思考と同じなのだ。
羽生善治氏の著書にあったが、「読みきる」のは若手の思考で、熟練してくると「いかに読まないか」の境地に至るという。
総当たりする前にまず、勘さえも信じながら一気に絞る。そこから思索を始めていく。抽象思考ができる人の共通点が自分の中で繋がり、密かに小躍りしたい気分である。
10月9日(水) エキセントリック教授。
チューリングをはじめとする暗号解読者達は、その活動も業績も徹底して秘匿するよう命じられていたという。
軍の機密に関わることなので、その対応自体に不自然なことは無いのだが、身内はかなり不安だったそうだ。なぜなら、容姿がどんどん無頓着になっていったからだ。
チューリングの母も、髭を伸ばしっぱなしにして、服も油まみれの、爪は埃で真っ黒な息子を見て、とても怪訝な表情をしたに違いない。
教授職とは全員が風変わりで、不潔になっていくのではないか。そんな風に感じられていたかもしれない。
しかしそんなチューリングが、身なりをほっぽり出してでもその間手掛けていたものこそが、エニグマ解読のための最強のコンピュータだったのである。
10月10日(木) クロスカウンターの応酬。
チューリングの開発したマシンは、当初こそ納得のいく成果を出してはくれなかったそうだ。
しかしその後も改良が重なるにつれ、またエニグマの理解が深まるにつれ、その性能は格段に進化し続けることとなる。
エニグマは圧倒的なパターン数という数の暴力で、解読者の挑戦を退けてきた。チューリングのマシンは、それをさらに凌駕する数の暴力で、エニグマに立ち向かった。
ノーガードで殴り合うような闘い、見ていてなにか清々しい。
10月11日(金) ボムの大群。
https://www.britannica.com/topic/Bombe
チューリングらは予算の削減によりマシンの開発が止められそうになると、チャーチル首相に連名の手紙を出して、予算の承認を求めている。
その陳述は実り、暗号解読のためのマシン【Bombe】はどんどん増設され、フロアを埋め尽くし、調子が良ければドイツ側の暗号を1時間足らずで破る日もあったそうだ。
カチカチと時限爆弾みたいな音を刻みながら、膨大な量の計算をやってのけるマシンの大群。その光景は技術の進歩に伴い、見る機会は良くも悪くも失われた。
当時の人はそこにどんな感想を持ちながら、軍務に当たったのだろうか。頼もしさだろうか、それとも恐怖だろうか、はたまた不気味さだろうか。
10月12日(土) 戦いはまだ終わらない。
チューリング達のチームと圧倒的な物量のマシーンをもってしても、エニグマの【全て】を打ち破れたわけではなかった。
ある特定の地域向けに使われた最高機密のエニグマは、さらに多くの回転盤とパターンを持っていたためだ。
数を倍々にしていくと途端に桁外れの数へ発散していくが、累乗にするともっと速く、もっと遠くに発散していく。
数の暴力、ここに極まれり。何となく覚えていた無量大数などの単位が、とても恐ろしいものに見えてきた。
10月13日(日) 緻密にして立体的な情報戦。
正面突破で暗号を破れない場合、次に採るべき手はなにか。それは鍵そのものを盗むことだ。
イギリスは実際に、Uボートの現れる水域にあえてドイツの爆撃機を墜落させ、救助に現れたドイツの船から暗号のネタ帳を奪う作戦も立てたそうだ。
しかしこれはチューリングの目の前で失敗に終わったとされる。ただし、次の作戦は実に巧妙だった。
敢えて機雷の位置情報を流し、地名といったヒントが暗号に多々散りばめられるのを狙ったのだ。そういう規則性が、暗号解読における最強のヒントの1つとなる。
情報戦の応酬は思った以上に立体的なんだと、改めて舌を巻かされた。
では今週はこの辺で。