精神年齢9歳講師のブログ

校舎での出来事、読んだ本、つまりインプットを全てアウトプットに変える実験場、的な。

【超同業者向け】「個人塾」は結局授業で稼ぐしかないんで、もう覚悟を決めるしかないです。

時たま誤解されるのですが、僕は罪を憎んで人を憎まずタイプです。仕事スタイルに疑問を抱いても、プラべで一緒に酒とか、ホイホイ行きます。中元です。

 

はい。今回は何番煎じかちょっとわからないくらい、過去何度も書いたテーマについての記事をまとめようと思う。まあ要するに、お金の話です。

 

まだまだ経営側としての経験値に乏しいことを強く自覚しており、かつそこが、独立に関して重大な弱点だとも理解している・・つもりである。

 

できる限り経費・収入・粗利益・人件費などを数値化し、計算し、シミュレーションすることでその辺を補おうと努めているが、どうにも正解という手ごたえがない。

 

また、ビジネス書や、シビアにお金を見つめる人のブログなどを通じてその輪郭を掴もうと呻吟している。だがやはり、五里霧中状態だ。

 

とはいえ、流石に冷静にお金に向かい続けていると、段々と【塾におけるお金の現実】がわかってきた。

 

その【現実】からは絶対に逃げられないし、意地でも目を背けてはいけないのだが、不思議なものでそれについて無頓着な人が多いという印象も実は正直抱いてしまう。

 

今日はその【現実】について、ぶっちゃけ外野の意見ではあるのだが、一旦頭から棚卸してまとめておこうと思う。

 

 

【講師】として稼ぐことと、【塾】として稼ぐことを、同一視してはいけない。

 

稼いでいるであろう【講師】は、YouTubeでもテレビでも毎日のように目撃するし、参考書コーナーでもその名を多々見かける。

 

講演会を開けば100人規模の人が集まり、一体そのトーク1つでどれほどのマネーが動くのか、考えるだけで慄然とする。

 

こういうのを見ると、なるほど授業の上手さ・実績で名を上げて、自分の授業の規模を広げたり、参考書や動画といった分身を生んだりするのが成功の道に思える。

 

だがそれは、【塾】としての成功とはまた違うと思う。個として圧倒的な力がある人にとっての最適解であり、組織の成功として掲げるべきモデルではない

 

そういった風に分身を生み出してマネタイズするビジネスモデルは、【個人塾】という組織が目指しても中途半端になって終わりだ。

 

もちろんZ会公文式のような別格の知名度と実績があれば話は別だが、少なくとも新興の塾がすぐさまマネできる芸当ではないと、きちんと認識すべきだろうと感じる。

 

―だが「好きなことで生きていく」という風潮もあってか、不思議と【塾の成功】≒【個のブランドの確立】と思う人が多い。

 

だから本来は【圧倒的な個を持つ人の戦略】であるYouTubeや、映像授業、ブログを通じての広告収入などに手を出して、思った成果を得られず苦戦という例をよく見る。

 

僕自身一時期は、その辺の特性や戦略を全く知らず、勇み足でサブスクリプションの勉強などを進めていたが・・・。今考えれば、思い留まって正解であった。

 

ーでは、【個人塾】は一体どうやって、マネタイズをすべきなのか?ぶっちゃけると、ごちゃごちゃ考えて理論をこねくり回す類の話ではないと、今は独り言ちている。

 

以下、その上で本題に入りミャス。

 

全ては授業のために。

 

結局、僕らは授業を売って利益を出すしかない。単純明快だが、簡潔さゆえ、それへと振り切るのには勇気が求められる気がする。

 

ブログを書くのも、Instagramを更新するのも、塾内でイベントをするのも、門配を行うのもPOSを行うのも、全ては授業に向かって導線を引くためでなければならない

 

改めてその目線に立てているか、その通りの設計になっているかを確認すると、なるほど一つ一つが繋がりとして弱いことに気付かされた。正直、凹んでいる

 

例えば闇雲にビラをばら撒くのではなく、「期末テストに向けて塾を検討している層を狙って、そこに刺さる特典を付けたビラを撒く」という風に、発想すべきなのだ。

 

正直、ビッグデータに数式をぶつけて検証していくと、大体どの時期にどういうニーズで授業が売れているか、問い合わせが来ているかが流石に僕にも見えてくる。

 

過去の傾向に、経験則による未来予知を混ぜ込んで、広報を打ち、そして授業を売る。結局、これを愚直に繰り返すしかないのだと、改めて悟った。

 

だが逆に、そうやって道筋を無理矢理照らすことで、やるべきことがしっかりと見えた言語化できてないけど、「こうした方が良い」という大枠が見えた感じ。

 

―あぁ、もうあれだなぁ。独立を早くても来年中頃という風に考えていたが、もうそれじゃ遅いな。前期までの数値で圧倒的な実績を作り、それを免罪符にせねば。

 

例え越権行為と揶揄されようが、知ったこっちゃない。やはり僕は、なりふり構っていられない。急がなければ、僕はイタズラに年ばかり食ってしまう。

 

―なぜそんなに焦っているのか?それにはまた別の理由もあるのだけれど、今日は割愛して終わりにいたしもす。

 

 

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