精神年齢9歳講師のブログ

"よいこ"から程遠い目線から、授業のネタ、講師としての日々、そしてたまには教育や子供について、真面目なことを基本毎日書いてます。

【英文読書ルーティン日記120】"START WITH WHY"読書感想ブログⅨ ~問え、ひたすらに、ただ深く~

日本のビジネス書と、英語のビジネス書の違いは何か。本当に主観的な感じ取り方だと思うが、後者の方が客観的、つまりデータや実例に基づいて話が進む印象がある。

jukukoshinohibi.hatenadiary.com

 

いわば筆者の「こう思うんよね」という感想はほぼ徹底的に排除され、あくまでも誰が見てもそうだけど、誰も気づいていないことを説いている感じだ。

 

だから不思議なもので、読んでいくと目から鱗が落ちる感覚を毎度毎度抱くけど、よく考えれば、ヒントたる出来事は常日頃目の前で起きていることだったりする。

 

盲点になっている観点を読み取り、そのメガネで世の中を見る。すると、世界はヒントで溢れていることに気付かされる。

 

今週もまた、鱗が落ちることを願いながら、読み進めて参りましょう。

 

 

3月27日(月) 拡声すればいいってもんじゃない。

 

何を大きく喧伝するか。それはもちろん、ウリになる文句である。だが、その文言を間違えると、ロイヤリティとはまるで違うところから、人を集める可能性が高い

 

例えば、安売りを喧伝すると、ただ安いことに惹かれた人が、たくさんやってくる。一方、哲学や個性を喧伝すると、少々の共感した人がやってくる、かもしれない

 

大声で宣伝することは大切だ。特に今は、SNSの登場によって、一人の声をいくらでも拡声することが可能になっている。

 

だからこそ、内容がやはり大事なのだ。「安いよ、安いよ!」と盛り上げれば、あなたが来てほしいと願う人は、来るのかどうか。

 

改めて自問してみるのはどうだろう。

 

3月28日(火) 風呂敷広げ人。

夢を創ることと、夢を形にすることは別。何度も書いている気がするが、その指摘はすごく意外なことだったし、何なら言われて初めて気が付いた。

 

例えば「キン肉マン」という漫画は、物語を考える人と、絵を描く人の2人が携わっている。これらをスキルとして兼ね備えておくのは、必須ではないということだろう。

 

むしろ、大きくてわくわくする夢であればあるほど、多くの人を巻き込んで、現実的な問題を冷静にクリアしていく必要がある

 

夢は人を集めて、集まった人がそれを叶える、ということだろうか。であれば、僕一人だけが持っている夢など、規模が小さすぎてお話にならない。

 

でかいスケールの夢を持てと言われるが、それはなかなかに人を選ぶ。だから、最初から大きなそれを描くのではなく、小さなそれを”育めば”よいのではないか

 

そのためにはまず、「育む」という言葉を、もっと丁寧に調べたいと思った。

 

3月29日(水) 成し遂げる者の特徴。

 

最近、ありがたいことに新規問い合わせが他のどの校舎よりも大量に来ており、身を削りながら、プライベートを捨ててまで、その全てに対応している。

 

だが時を同じくして厄介な問題も次々と起こり、そこへ他の人のミスのフォローなんかも重なり、一時期ほどではないが、すごく心が疲れてきているという実感もある。

 

今のペースで働き続ければ、時々ケアを入れても2ヶ月後には鬱状態になって居そうだという予感がある。ケアが無ければGWまで持たないかもしれない。

 

そういう状態なので、今日の話は非常に腹落ち感が強かった。何かを成し遂げる人は、色んな観点から物事を眺め、人を巻き込む、というものだ。

 

僕が今置かれている状況も、はっきり言って僕の権限・能力の埒外にあるものがほとんどだ。冷静に考えれば、シンプルに無理なのも多い。

 

そして現状はピンチゆえに忙しいのではなく、チャンスゆえに忙しいのだ。僕がやろうとしているのは、それを独り占めしようという器の小さな行為ではないか。

 

こういうテンションはむしろ、チーム内で共有した方がいい。そう悟った今、僕は自分が抱える仕事の5割以上を、別の人に依頼しようと心の底から納得した

 

観点を変えることで解釈が変わる。基本的過ぎることだが、視野狭窄に陥っている状況下では、指摘されねばそのバイアスは解除できないということなのだと思った。

 

3月30日(木) 夢を叶えるのは、夢を見た者なのか。

 

当たり前すぎて、今日の一節を読むまですっかり抜け落ちていた観点がある。それは、夢を叶える人の特徴だ。

 

夢を叶えた人というと、圧倒的な個性・能力を兼ね備えたスターを想像する。僕ら世代だと、イチロー北島康介マイケル・ジョーダン等々がそうなる。

 

しかし実際には、そういったカリスマ性だけで夢を叶えた人は、絶対にいない。必ず、その夢に共感したり、協力してくれたりした人たちが居るのだ。

 

多くの人を巻き込んで、応援を貰い、期待を背負い、そして次のステージへ進む。本当に夢を叶える人は、他者を巻き込んで一丸になれる人たちなのだ。

 

独りで何でも背負い込むことが良くないことだと指摘される理由は、ここにある。どんなスターだろうが、一人で行ける場所など、たかが知れているのだ。

 

僕ももっと、周りを巻き込む、その一環として自分の仕事をどんどん手放す必要があるかなと、そんなことを思った。(もちろんサボるためではないのだけれども)

 

3月31日(金) 手段と目的。

今日の部分を読んでいて思い出したのは、「手段と目的を履き違えたとき、組織は滅びる」というものだ。

 

例えば今の時期だと、新規入塾生の募集がそうなる。これは手段なのか、目的なのか。はっきり言うが、これは校舎の発展や存続のための手段に過ぎないはずだ。

 

しかしここを履き違えると、絶対に入塾させること、絶対に止めさせないことが至上となり、わけのわからない広告、値引き、説得が蔓延することになる。

 

すると既存客のフォローはズタボロになることなど、全く想像に難くない。そしてあっという間に組織は崩壊する、となる。

 

Appleのような煌びやかな会社の成功事例は、すごく真似をしたくなる。しかしそれは、手段のはずだ。徹底した真似を目的にしたら、会社を潰す。

 

本当に忙しい今、そんなことを強く感じている。

 

4月1日(土) やるからには理解せよ。

 

理念やビジョンは、組織作りにおいてマストなものであり、立ち上げから早々に作り込まねばいけないように思えてくる。

 

しかしまずやらねばならないのは、自分自身の価値観について、自分が深く理解しておくことだと思う。自分が知らない、わからない単元を生徒に教えられないのと同じだ。

 

そして自分という人間が持つ価値観・理念・想いを理解する、もっと言えば言語化するのは、本当に一筋縄ではいかない

 

僕自身、ちょっと前に自分の卒業論文並みの文字数で分析してみたが、それでも全然足りていないと感じている。輪郭くらいはつかめたけれど、だ。

 

自分を深く理解するとは、何度も自分に問いを投げかけて、検証し、すり合わせることを経て、少しずつできることなのではと感じている。

 

下手すれば一生かけても終わらないかもしれないし、これまでの人生で打たれた点を繋げて線にしても、その先を見れば自分の未来が分かるかどうかも不透明だ。

 

しかし理念ってやつが必要なら、やはり真正面から取り組んで、出来る限り言葉にしていく必要があると思える。他人の言葉に触れて、自分の内省を深める。

 

そうして初めて、僕はある意味きちんと自立できるってことなのだろう。むしろ楽しみながら、自分について日々見つめたいと、改めて思った。

 

4月2日(日) 理念を言葉にするとは何か?

 

理念とは、脳の機能で言えば感情をつかさどる部分に当たる、非常に原始的で無自覚なものを、本来は指しているらしい。

 

となればいわゆる企業理念というのも、どこまで行っても近似値であり、本当に自分が感じていることそのものを完璧に言い表すのは不可能、ということになる。

 

しかしそれでもなぜ、理念を言葉にする必要があるのか。それは、共感を生むため、ファンを生むため、結束を生むため、様々な理由が考えられる。

 

ただそれはどこまでいっても近似値だよなと、報われない自問自答を実はこっそり重ねてきた。だが今日読んだ部分で、また新たな観点を得られた。

 

自分が心躍る、やり遂げたい、そんなものを頭に浮かべたときに湧き上がってくる感情と、同じ気持ちを呼び起こさせる言葉は何か。

 

理念は文字通りのセリフを伝えるのではなく、そこに乗っかっている感情を伝えるためのものでもある。うまく言葉にできないが、そんなメタを今日は感じた。

 

言葉にできない感情を相手に伝えるため、敢えて言葉にする。進次郎的言い回しになったが、何か大事なことの端緒に気付いた気が、何となくしている。

 

―ということで今日はこの辺で。

 

 

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