精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

【英文読書ルーティン日記243】"When to rob a bank"再読感想ブログ28 ~天才になるんだ~

純粋とは何か。これは常識に囚われないとか、子供っぽいとか、反射で喋るとか、色々な捉え方ができると思う。

 

そうあり続けることは、それを濁すような人物や指導に当たらなかったことと同義、つまり運による要素が大きいというイメージがあるとも僕は感じている。

jukukoshinohibi.hatenadiary.com

 

だが実際は、「理解者が守ってくれた」というより、世間の常識が自分に合わないと心底納得し、そこに染まらないと誓い、行動した結果ではないかと思うのだ。

 

周りの人はそれを「悪ガキ」「逆張り精神」といって罵るが、それは”彼らが嫌う常識に染まったサイドからの罵詈雑言”であり、つまりノイズに等しいのだ。

 

純粋さとは、無邪気である同時に、どこか残酷な面も持っていると僕は感じる。それを貫く覚悟は、僕にあるのか。

 

その辺りを自問しながら、今日も読み進めていく次第である。

 

 

8月11日(月) 天才になるんだ。

コロコロコミックに連載されていた「ミラクルボール」という漫画で、ある印象的な場面がある。それはとある主人公の好敵手として出てきたキャラのセリフだ。

 

そこでは、「天才になるんだ!」という誓いを立てたそのキャラが、以後猛烈に勉強し、憤然と身体を鍛える描写が登場する。

 

天才に”なる”というフレーズは、子供のときはその意味があまりわからないままになんとなくインパクトある言葉だなと思っていたが、今はまた深さが変わって聞こえる。

 

10,000時間を投資すれば、天才の水準になる。この言葉は夢があるセリフなのか、それとも実は、とても残酷なことを言っているのか。正直まだわからないと思う。

 

8月12日(火) 10,000時間という人生を賭けて。

 

10000時間を本気で投じれば、ズブの素人から世界上位に至れるとされる。だからか、本気でそれに取り組んだ人がいる。

 

彼は仕事を辞めて、プロのコーチを雇い、人生丸ごとゴルフに注ぎ込む覚悟を決めた。ちなみに経験はそれまでで1・2回、しかもスコアは悲惨だったという。

 

その夢の途上で、筆者は彼とプレーをしたそうだ。同じ無謀な夢を持つもの同士のシンパシー。

 

打ち込むとは生半可な物ではないが、本当に良いものだよなとも、僕は思う

 

8月13日(水) 紆余曲折をなるべく経ない。

 

YouTube動画などをザッピングしていると、たまに「初心者の頃に知っておきたかったこと〇選」みたいな動画に行き当たることがある。

 

要は熟達者たちがそこに至る過程の中で、「さすがに要らなかったよね」と思う時間や苦労のことを指すのだろうと思う。いわばショートカットの余白ともいえる。

 

この部分を知識として大量に集めておき、そこから猛烈な努力を始めれば、大人になってからの10,000時間で十分にプロを目指せる…のだろうか?

 

悲しい話だが、才能というのは厳然と存在する。努力と作戦はどこまでそれをひっくり返せるのか、実は僕は眉唾側だったりする。

 

8月14日(木) 自覚なき才能とは?

 

著者同士で、「ボウリングで負けた方がディナーを奢る」という取り決めをし、二人で対決をした一幕があったという。

 

片方は十分な経験を持ち、もう片方はそれで人生初レベルのキャリアだったそうだが、蓋を開けてみるととんでもない原石がそこに隠されていた、らしい。

 

なんと初心者の方が、確かにフォームはめちゃくちゃで、カーブといった技を持たないものの、ターキーを取ったり200点を超えたりと大暴れ

 

しかし当の本人に全くやる気が無いことから、この才能は再びそのまま埋もれ行くことになったのだという。自覚なき才能、まだ僕の中にあるのかもと思った逸話である。

 

8月15日(金) 一発逆転策を想定しない。

 

一発逆転策に縋るのは、企業を没落させうる大打撃になることもあるが、やはり魅力は相当大きい。

 

とはいえ本当に「もうそれしかない」ところでしか使わないという強い自制心と冷静さがあれば、の話だ。

 

例えばバスケで2点差で負けていて、あと2秒でブザーが鳴るなら、コートの端からでもぶん投げるのが合理的だ。

 

とはいえ「それさえあれば」と思うだけでも、目の前のプレーに対する集中力は薄れる。

 

今のベストを考えた結果が派手なプレーならば、納得感も必要性もあるので取る価値があるということなんだと思った。

 

8月16日(土) 合理性の追求とは意外と個人的なものだ。

 

合理的とはなにか。実はこれは意外と相対的というか、人によって違うと僕は思っている。

 

ある作戦を取れば勝てる可能性は上がるのだが、しくじればとてつもない非難に晒されるとする。

 

その試合こそが大切な、例えば学生スポーツやトーナメント決勝とかなら果敢に攻めてナンボだと思う。

 

しかしその後の展開や契約が大切なプロ選手となれば、いわゆる暴牌を打つことはただの悪評に繋がる

 

インセンティブの話とも繋がりの見える、面白い章だと思わされた。

 

8月17日(日) 迎撃か襲撃か。

 

野球でもアメフトでもなんでも、ホームとビジターならホームの方が有利なのだそうだ。

 

これは統計データとして現れたものであり、そこから様々な帰納が行われてもいる。

 

家に近いから疲労が少ない?ファンの声援がたくさん貰えるから?その辺りが説として挙げられていた。

 

ただ実際のところ、地元ファンの応援(という名の圧)により、審判の贔屓が生まれやすい、というのが有力だそうだ。

 

すごくしょうもないとは思うけど、なんかそんなもんだよね、結局……という感想も抱かされる。

 

では今日はこの辺で。

 

 

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