今日は、ガチでただのぼやきである。34歳にして、自分でも自分がよく分からなくなってきたので、その迷子っぷりをそのまま言葉にしてみようと思う。
・・まず、度々ここにも書いているが、僕は昔からじっとしていることが苦手だ。「安静にする」とか、「今日はゆっくり休もう」とか、その良さが正直あまり分からない。

もちろん寝ること自体は好きなので、「意識がある状態で何もしない」のが苦手、と言った方が正確かもしれない。だから昔から、自分は動き続けてこそだと思っていた。
学生の頃から毎日を自由研究のように生きて、企画を思いついては友達を巻き込んで実行して、心の在り様は9歳児のままで過ごすことを、自然とひたすらに重ねてきた。
ところがここ1〜2年ほど、その感覚が少し変わってきた。年齢なのか。それとも単純にキャパシティを超える生活を続けてきたからなのか。理由は分からない。
ただ、「外へ出たい」「遊びたい」「刺激を受けたい」「ぼーっとしていたくない」「人生を無駄にしたくない」という欲求に対して、身体がついてこなくなってきた。
つまり、動いてもしんどいし、動かなくても落ち着かないという板挟みであり、それでいながら、どちらを選んでも、何かしら破滅が待っているような感覚がある。
だから最近は、「どう生きるのが自分にとって一番自然なのか」を、一から見直さなければならない気がしている。
以下、それをなるべく整理しながら内省する。
知識と経験はどんどん増えるのに、選べる道が減っていく。
もちろん、一貫して変わらないものもある。例えば、相変わらず結婚したいとは思わないし、会社でのし上がりたいという野心も、今はほとんどない。
では、「現状維持でいいじゃないか」と言われれば、それは違う。現状維持ほど、標榜するのにつまらない言葉は無いのではと、どうしても感じる。
かといって、自分のステージを一段上げるほどの熱量を持てる対象があるわけでもない。英検1級のような、巨大な目標を失って久しい。それは人生のハリでもあった。
だから今の自分は、一段ギアを上げた世界と、一段ギアを下げた世界、その間でクラッチを切ったまま惰性で転がっているような感覚がある。
どちらへ進みたいのか、自分でも分からない。それでいて、どちらかを選んだら、もう片方を手放さなければならない気もしている。
正直、軽く試してみればいいだけの話だ。でも、その一歩が踏み出せない。そんな中途半端な状態は、自分にとっても、周囲にとっても、不毛に感じられる。
もし僕がただの一社員だったら、この迷いなど些末なものである。若者特有の、「ここが僕の本当の居場所なのか?」という、青臭い自問に過ぎないためだ。
だが、一応校舎長という立場にいる以上、自分の迷いが周囲にも少なからず影響するのではないか、という感覚はある。本気と怠惰の間にいる自分・・・。
だからこそ、「どうしたらいいのだろう」という問いだけが残る。とてもモヤモヤしている。34歳になって、ここまで自分の人生について迷子になるとは思っていなかった。
しかも僕は、家庭を持ちたいとも思っていない。だから人生の中で向き合う対象は、現状ほとんど仕事だけである。
では、新しい何かを見つけようと思うかといえば、それも違う。そう考えると、やっぱり今の自分は迷子なのだろう。
ただ一方で、この迷子という状態も、何かが変わる前触れなのかもしれない、とも思う。その点だけは、意地でも前向きに構えたいと思う。
―やはり、何の結論も出ていない。今日はただ、ひたすらにぼやいた、本当にそれだけの話である。ということで今日はこの辺で。